おまえのものがおれのもの



 オロクさんを、つかまえた。
 言葉のとおりの意味だ。おれはオロクさんをつかまえた。さあなにをしてやろうかしら。ベッドですやすや眠っているオロクさんを見下ろしながら、あんなことや、こんなことを考える。ああ、実に愉快だ。そんなことはつゆ知らず、安らかな寝息を立てているオロクさん。この人をつかまえるのはとてもかんたんだった。いっしょにご飯を食べて、お酒を取りにいくふりをして、うしろからそっと、ジーンさんにもらった眠りの風の札を使ってやった。ちょうどお腹がいっぱいになっていたことが、関係あるのかないのかしらないけれど、オロクさんはすぐに眠ってしまった。それを丁重に自分の部屋にお運びして、今に至る。
 オロクさんは怒るかな。怒るだろうな。それ以上に、呆れるだろう。いやだな、ずっと眠っててほしい。でも、早く起きてほしい。なかなか複雑な心境だった。
「オロクさーん、」
 おれは、小さな声で呼んでみた。オロクさんは、ぴくりとまぶたを震わせて、のどの奥で、かすかに声をあげた。おれは迷わずオロクさんの額に手を伸ばした。髪をかきあげながら、もういちど、オロクさん、と静かによぶ。耳をつまんだり、眉をなぞったりする。オロクさんは、ぎゅっと目をかたくつむったあと、そろっと静かに開いた。
 かすれた声で、
「カイル…?」
と、おれの名を呼んだ。
「……いつのまにか、眠ってしまったのか…?」
「おはよう、オロクさん。ふふ、オロクさんはねー、いま、おれにつかまってるんだよ」
「はあ……?」
 寝起きの頭では一切理解できなかったのか、オロクさんは突っ込みさえ入れてこなかった。おれは寝ているオロクさんに、馬乗りになるような格好で、にこにこ笑いながらオロクさんを見下ろす。
「おれがつかまえたの。だから、ここからはもう出られないよ、オロクさん」
「……なんだ、それは」
 ばかばかしい、と言わんばかりの呆れた様子だった。オロクさんはおれの体を押すようにして、自分の体を起こした。口を覆ってあくびをする。
「ねえ、オロクさん、おれの言うこと聞いてくれる?」
「なんでおれが。」
「だからー、おれが、オロクさんを、つかまえてるんだよ。おれが主導だよ、ね、そうでしょう」
 自分でも少しひやひやするセリフだった。オロクさん、怒るだろうか。おれはそろっと、オロクさんの表情をうかがう。オロクさんは不機嫌そうに眉根をよせてだまっていた。おれの顔をちらっと見て、ふう、と息を吐く。
「カイル、もしかして、甘えたいのか?甘えているのか、それは」
「えっ」
「さいきん、なにかと忙しかったからな。それにしたってお前、あいかわらず屈折してるな」
 オロクさんはなんてことなさそうに、言った。おれのほうがどぎまぎしてしまう。慌てるおれをみて、オロクさんは笑った。
「で、なにをしてほしいんだ?おれに。ためしに言ってみろ」
「え、えっと、えっとねえ……」
 こう開き直られると、どうしていいのか分からない。おれはさっきまでの妄想がうそのように、頭がまっ白になって、何もいい考えが出てこなかった。苦し紛れに口を開き、
「お、オロクさんが欲しい、」
と、意味の分からないことを口走ってしまう。オロクさんはきょとんとして、それから、高らかに笑った。おれは顔が熱くなる。ちくしょう、笑いやがって。おれが恥ずかしくてうつむくと、
「いいぞ、」
という声がふってきた。おれは顔を上げる。
「おれの全部をやるわけにはいかんがな。ふふ。ここから出してもらう代わりに、おれの、一部をおまえにやろう。さあ、カイル。どこがいい?おれの、どこがほしい」
 挑発的な目でおれを見ながら、オロクさんは悠然とほほ笑んだ。
 おれはオロクさんの全身を見つめる。触るときもちのいい髪、気持ちがよくわかる瞳、すっととおった鼻すじ、すぐ赤くなる頬、やわらかなくちびる、首すじ、肩、鎖骨、胸、それから、それから……。
 真剣に悩むおれを見て、オロクさんは楽しそうに笑っている。おれは、意を決し、オロクさんの目をまっすぐに見た。そして言う。
「手、……」
「うん?」
「オロクさんの、手が、ほしい。オロクさんの手を、おれのものに、したい……」
 おれはおずおずと、オロクさんの手をとった。その手を自分の顔に寄せて、頬ずりする。
「その手で、おれにいっぱい触ってほしい、」
 おれは恥ずかしいのをこらえながら、一生懸命そう言った。すると、さっきまであんなに余裕たっぷりだったオロクさんの顔は、真っ赤になった。そっとおれの頬から手を離し、代わりにおれの頭をなでながら、
「おまえ、よくそんな、恥ずかしいことが言えるなあ」
と、耳まで赤くしながら呟く。おれはもう一方のオロクさんの手と、自分の手をつないで、指をからめた。指の付け根をさわりながら、
「本当に、おれのものにしていいの」
と、聞いた。オロクさんは、もはや何も言えず、そっぽを向きながら、ちいさく頷いた。その赤い首すじに、キスをしたら、オロクさんはめろめろになっちゃうだろうな。おれはそんなことを思い、逸るきもちをおさえながら、そっと、そっと、唇を寄せた。


おしまい

2010年5月30日 保田のら

2010年6月9日オロクさん祭に寄稿
素敵な企画をありがとうございます…!!






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