死ぬな死ぬなよ



「あんた、ほんとは死にたいんだ、戦場で死にたいんだ、そうに決まってる。じゃなきゃ、こんな危ない仕事ばっかり選ぶはずねえし、うう、そうやって、無茶な戦い方ばっかりするはずもねえ。あんたは馬鹿だ。馬鹿、死んじゃえ、馬鹿。死にたいなら死んじゃえよ、もう、おれは、怖くて、あんたがちゃんと帰ってくるのか、待ってるのが怖いんだ。ひでえよ、なのにあんたは、自分で死にたがってて、おれたちの気持ちなんて、すこしも知らねえんだ。馬鹿、馬鹿野郎だ、ほんと、もう、おれは知らねえ。もう待たねえし、放っておく。あんたなんて、どうなろうと、知らないよ。サイファーなんて、誰にも気づかれずに、消えちゃえばいいんだ」
 ゼルは目にためた涙を、どうにかこぼさないように、そっぽを向いたり、上を向いたりしながら、噛みつくような調子でおれにそういった。おれはあいにく、包帯でぐるぐる巻きになっているせいで、話せないし、動けもしなかったから、言い返すこともできず、その涙をぬぐうことも、こいつの軽そうな頭をたたくこともできなかった。
「なんとか言えよお、馬鹿、」
 ゼルは無茶ばかり言う。おれは、たとえ今話せても、あきれてなんにも言えないだろうな、と思った。その気持ちをこめて、うんざりしたように目を閉じた。とたんにゼルは慌ただしくおれの体に飛びついた。
「な、なんだ、苦しいのか?おい、やだぜ、サイファー、いやだ、死なないでくれよ、頼むから、目を開けてくれよ!」
 大げさなんだよこのチキン野郎。おれは目を開けた。目の前にゼルの顔があった。ゼルは今度こそ、その大きく見開かれた目から、ぼろぼろと涙をこぼして、おれをまっすぐに見ていた。
 もう、泣くなよこんなことで、第一おれは、死なねえよ、馬鹿野郎、そう言う心配は、せめて医者か看護婦に、おれの容態をきいてからにしろ、この早とちりの間抜けやろうめ。と、早口にまくしたててやりたいが、残念ながら今のおれには、それは出来ない。
「お、おれ、あんたのこと嫌いだけど、でも、こんなのはいやだ。サイファー、サイファー……」
 ついにゼルは、おれの枕元につっぷして、泣き始めた。おれはもう、この勘違い野郎を正すことを諦めた。こいつの情けない声を聞きながら寝てやろうかとさえ考えた(そんなことをすると、こいつは、死ぬなサイファー、とか言って絶叫しそうだが)。
「えっ、どうしたの、ゼル?」
 驚いたような声がして、おれは目を動かしてそっちをみた。キスティスが目を丸くして立っていた。
「うう、サイファーが、死んじまうよお」
「ええ?」
 ゼルの声を聞きながら、おれは、まるで自分が恥をかいているかのように感じて、その場から消え失せたくなった。どうにかしてくれ、と、目でキスティスに訴えかける。それが通じたのかはわからないが、キスティスは冷静に言った。
「おかしいわね。医者は、彼は怪我こそひどいけれど、安静にすれば、命に別状はないって、はっきりとおっしゃっていたはずよ」
「え……」
「でも、あなたからみて、サイファーの具合がそんなに悪いなら、もしかすると、万が一ってことも、あるかもね。私、一応、担当の先生を呼んでくるわ」
 キスティスはきびすを返し、ドアからでていった。でていくとき、ああ、ちょうどいいわ、こっちにきてゼルとサイファーを見てやって、と、誰かに声をかけていた。
「そ、そうなのか……、命には、別状ない……」
 ゼルはぽかんとした顔でおれを見た。最初からそう言ってるだろ、声はでないにしろ、それくらい感じろ、と、心の中でつぶやく。
 キスティスがでていき、代わりにもう一人入ってきた。おれはそいつの顔を見て、げえ、と心の中で声を上げる。
「……ゼルとサイファーを見てくれって、どういうことだ?」
「スコール!」
 怪訝そうな顔で入ってきたスコールは、包帯だらけのおれの顔と、涙でぐしゃぐしゃのゼルの顔を見比べて、ため息をついた。
「なんか、あんたも大変だな」
 うるせえ、おまえにだけは言われたくねえ。おれはスコールをめいっぱいにらみつけたが、スコールは少しも気にかけず、ゼルに言った。
「サイファーは大丈夫だ。どうせこんな怪我、さっさと治ってしまって、またすぐにやかましくなるんだ。むしろ、こいつが静かだっていう貴重な時間を、大事にした方がいい」
 こんのやろおお、おれが何も言えないと思って、てめえ、覚えてろよ、くそったれ!おれは心の中で怒りをたぎらせる。一方のゼルは、きょとんとしていたが、
「そっか、そうなんだ……」
と、気が抜けたようにつぶやいた。
「はは、なあんだ、そうか。おれの早とちりだったんだな、あーあ、泣いて、損した。けっ、そうならそうと、最初に言えよ、サイファー」
 言ったぜ、おれはちゃんと最初から。おれの呆れた視線にはまったく気づかずに、ゼルは、なあんだ、そっか、あはは、と、身をよじる。
 そして、ふと止まり、おれの顔をじっと見つめた。ゼルの目は真っ赤だった。その目を細め、ゼルは少し困ったように笑った。
「……ああ、でも、ほんとよかった。そうだよな、あんたは、死なねえよな……」
 ごろん、と、頭をベッドにのせて、くぐもった声でそう言う。ゼルの頭の向こうで、スコールがこちらを見下ろし、にやにやと、まあこいつが笑うことはないが、それに近い、何か言いたげな顔をしていた。おれは怒る気力を失い、目をそらす。ああやっぱり恥ずかしい。この状況ぜんぶ恥ずかしい、もう、どうでもいいから、ともかく、誤解もとけたことだし、早くおれを一人にしてほしい。
「なあサイファー、次はおれも連れてってくれよ、絶対な」
 ゼルが恥ずかしげもなくそんなことを言い出して、おれは面食らい、スコールはいよいよ肩を震わせて笑い出した。


おしまい

2010年10月10日 保田のら






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