早朝に起きだし、外の空気を吸いながら鍛錬をするのがおれの日課だった。王子殿下に仲間として迎えられてからもそれは変わらない。むしろ、殿下のためにいつでも自分の力を出し切れるよう、普段から剣を振るっておくことは大切だった。
 屋上に出てもよかったが、今日は遺跡の方まで足を伸ばすことにした。あっちの方が木々の匂いがきもちいい。
 鞘に収めた剣を持ち、警護兵に挨拶をして城の外に出る。
 草を踏みしめて歩いていくと、どこからか、
「おはようございます!」
と、声をかけられた。
 底抜けに明るい声だった。おれは声をした方を見る。
「こっちです、ベルクートさん」
 手を上げながらこちらに歩み寄ってきたのは、同じく殿下のために働くシュンという少年だった。
「おはよう。君も朝から鍛錬を?」
「はい。そんな大それたものじゃなくて、おれはただ走ってるだけですけど」
 朝の空気っていいですよね、そういって快活に笑った。
 そうだな、とおれは相槌を打ち、剣を木の幹に置いた。不思議そうな顔をしているシュンに向かって、
「おれも走ろうかと思って」
と言う。シュンは少し目を細めると、おれ、足速いですよ、と言った。

 おれがついついシュンに構いたくなるのは、きっと、彼がおれと同じように闘技奴隷だったからだ。そのつらさは経験したものにしかわからない……という勝手な確信が、おれを突き動かす。
 闘技奴隷に対する虐待が当たり前に行われていたころ、おれは面白半分に焼きゴテを押し付けられたことがある。幸い剣の腕には覚えがあったから、骨を折られたりすることはなかったが、その分屈辱的な仕打ちが多かった。
 シュンはどうだったのだろう。
 なぜかおれは、勝手にシュンが受けた暴力を想像して、そして同情しているのだった。
 シュンが明るく笑えば笑うほど、おれの心には、かわいそうだという同情心が沸き起こるのだ。失礼な話である。彼がこうして幸せになろうと前を向いているのに、おれはシュンの後ろ暗いところを見つけようとしていた。

「ベルクートさんも昔闘技奴隷だったって聞いたんですけど」
 走っている途中、突然シュンがそう聞いてきた。あまりに唐突でおれが驚いていると、
「す、すいません!おれ無神経でした!」
と、シュンはあわてて謝った。おれもおわてて、そんなことない、と答える。
「突然だったから驚いただけだ、すまない」
「い、いえ、本当にすいません」
 そういうとシュンは俯き、つらそうな顔をした。おれは本当に、少しも気にしていないし、どうとも思わなかったから余計に困った。どういえばいいのだろう。
 おれは迷った末に、闘技奴隷であったときのことを話し始めた。別に話したくない過去というわけではないし、なぜかシュンに聞いてほしい気もしたからだった。

 話し終えるとシュンはゆっくりと足を止めた。どうしたのだろうと思ったが、よく見ると走り始めた地点に戻ってきていただけだった。木の幹にはおれの剣が置いてある。
「強かったんですね、ベルクートさんは」
 シュンはやはり笑っていた。おれは小さく頷く。
「強くなることで、自分を守っていたから……」
「本当にすごいです。おれも闘技奴隷になる前から、格闘技っぽいことは好きで、けっこう体を動かしてたんですけど……。あの中では中くらいの実力だったと思います」
 そういうと、シュンはしばらく黙り込んだ。おれも黙ってシュンを見守る。
 シュンは顔をあげると、突然襟元をはだけた。首から左肩にかけて肌が見える。そこには痛々しい傷跡があった。
「まだ、闘技奴隷に対する虐待が容認されていたとき、おれ、負けが続いたときがあって……」
 そのときに、と言いかけて、シュンは唇をかみ締めた。
「……そのときに、同じ主人に買われていた闘技奴隷……おれの友達に、斬られました」
 おれは息を呑んだ。それはつらかったろう、という言葉が自然と口からでる。しかしシュンは激しく首を振り、おれを見つめた。すがるような目をしていた。
「違うんです!おれ、おれ本当は死ななきゃいけなかったんです。主人はそいつに、おれの首を切って殺すよう命じました。一発で仕留めろって、そうじゃなきゃお前の方を殺すって言って……。主人はただ面白がってたんです。人が死ぬところを見たかっただけなんです。おれ達が仲いいことを知っていて、本当に愉快そうに笑ってました……」
 シュンは早口でそう言い、ぐっと拳を握り締めた。
「おれ、死んでもいいと、そのときは思いました。闘技奴隷でいることがつらくって、家族のことも全部投げ出して死んでしまおうって、思ったんです。でも、でもついよけてしまいました。首の頚動脈をねらった刃は肩をえぐって、……あいつは失敗したんです。そして、こ、殺されて……」
「シュン、」
「すいません、急にこんな話をして、でも、おれ、ずっと誰かに聞いてほしくて、聞いてほしくてたまらなかったんです……」
 シュンの声は震えていた。おれは迷った。さあ、望みどおりにシュンのつらい過去が聞けたぞ、お前の予想通りだ、同情してやれよ、ベルクート。
 おれは自分の浅ましさがいやでたまらなくなった。

 シュンの傷跡に手を伸ばし、そっと触れる。さする様に、撫ぜるように優しく触れ、
「つらかったろう……」
と、馬鹿みたいに同じことを繰り返した。
 つらかったろう、つらかったろう。
 おれだってつらかった。
 焼きゴテで体中に火傷を作られ、恥辱に次ぐ恥辱、屈辱的な仕打ち。ただ金があるだけの人間に、玩具を見るような目で見られる。
 仲間はすぐに敵になり、殺しあわねばならなくなる。
 身体も心も傷つき、治らぬうちにまた傷つけられる。
 つらかったろう。
 本当につらかったろう。
 それを、この快活な少年に思い出させてしまったおれは、とんでもない愚か者だ。

「……おれ、こうしてやさしく触ってもらうのが、とても久しぶりに感じます」
 ありがとうございます。シュンの声はおれの耳にやさしく響いた。
「……つらいことを思い出させてしまって、すまなかった」
「いえ、聞いてもらえてうれしかったです。本当ですよ!」
 シュンはぱっと顔をあげて、笑った。おれもつられて笑うと、肩に触れていた手に、シュンが自分の手を重ね、ぐっと力を込めた。
「おれ、がんばります」
 力強い目をしていた。まぶしいほどに。
 おれはシュンに対して、もう同情の気持ちが湧いてこないことに気づいた。この気持ちは同情ではない。憧れだ。
 なんてうらやましいことだろう。おれはシュンの前にひれ伏したいほど、彼を尊敬した。

おしまい


私のプレイ状況では、まだベルクートもシュンも仲間になってませんが、ついつい先走って書きました。
5はすてきな人が多くてこまります。嬉しい悲鳴です。

2006/02/25 保田ゆきの






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