これから四人、家族よ、と言って笑ったフヨウさんの手はあたたかく、
となりでじっと笑っていたサギリの手は死んでいるような冷たさで、
オボロのおっさんの手はまるで熱がある様に熱かった。

おれはおれの手のあたたかさがどんななのか、聞いてみたかったが、
きっと誰も応えてくれないだろうと口をつぐんだ。





「じゃあシグレ君、調査の方、よろしくおねがいしますよ」
 王子の部隊に駆りだされ、ようやく事務所に戻ってきたとたんにこれだ。おれは、めんどくせええ、と声を上げてソファにもたれかかった。となりに座っていたサギリがおれを見下ろす。
「行かなきゃ、だめ」
「そういうサギリが行きゃあいいじゃねえか」
「サギリさんには別の調査を頼んでいるんですよ」
 オボロのおっさんが口を挟んだ。そうよお、と奥の部屋からフヨウさんの声も聞こえてくる。
「サギリちゃんだって、シグレちゃんがいない間ずうっと一人で調査してたのに、愚痴一つ言わないんだから。シグレちゃんもがんばらなきゃ」
「あーくっそ、めんどくせえなあ、もう……」
 何を言っても結局調査に行かなきゃいけないのは分かっていた。しかしおれの、めんどくさい、という言葉は一種の儀式のようなもので、これを言わなきゃ腰が上がらないのだった。めんどくせえ、でもしゃあねえなあ。そうやってよっこいしょと上げるのがおれの重い腰だった。
 ではおねがいします。オボロのおっさんはもう一度そう言って笑った。結局このおっさんには、すべてお見通しなのだ。おれは悔し紛れに首をかく。

 とつぜんサギリが、おれの手の甲に指を置いた。
 いったい何事だ、と思うまもなく、ぎゅうっと手の皮をつねられた。
「い、いってえええ!」
「……」
 なにすんだこのやろう、おれはそういう気持ちでサギリを見上げる。が、すぐにあんぐりと口を開けることになった。サギリは眉根を寄せ、少し怒っていた。
 そうだ、サギリは(たとえほんの少しでも)、怒っていたのだった。

「あ……」
 おれは痛みも忘れてサギリの顔に見入った。しかしサギリはまたすぐにもとの表情に戻った。おれがまじまじと見すぎたからだろうか。
「あらら、シグレちゃんがあんまりにものぐさだから、サギリちゃん怒っちゃったじゃないの。わたし、知ーらない」
 フヨウさんは笑いながらそういった。そうだ、こうやって自然に受け入れなくてはいけないのだ。おれは激しく後悔する。怒ることは当たり前なんだって、自然なんだって、受け止めればいいのだ。
 それにしたって、なんて、なんてうれしいことだろう。
「シグレ君、あんまり見つめるとサギリさんの顔に穴が開きますよ。……さあ、それはともかく、そろそろ行きましょう」
「お、おお……」
 おれはめんどくさいと言うのも忘れて、すっと立ち上がった。フヨウさんが明るい声で、いってらっしゃい、と笑う。
 サギリも立ち上がり、おれの後ろについてくる。そして追い抜きざまに、
「シグレの手、とても熱い。熱、あるんじゃない」
とつぶやいた。
 なんてこった、おれの手は、オボロのおっさん並に熱いらしい。おれは、ふ、と笑った。知るかよそんなこと、めんどくせえ。そういいながら、おれも調査に出かけるため、事務所を後にした。





おれには夢がある。
サギリが悲しくて泣いているとき、おれはサギリの手をとって、
馬鹿みたいに熱いおれの手で、サギリの手をあたためてやる。
オボロのおっさんはサギリの涙をぬぐってやる。
すると奥からフヨウさんが、四人分のぬくいコーヒーを持ってきて、
さあさあ、もう大丈夫よ、と笑うのだ。
四人でソファにすわり、ふと、フヨウさんが言う。
ところでシグレちゃん、そろそろ前髪を切ったら?
おれは笑ってこたえる。ああ、切るよ、今すぐにでも。
そしたらサギリがこう言うんだ。
きっとよく似合うわ、って、にこりと笑って。


2006年2月26日 保田ゆきの








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