悲しみは突然に


 弱くなったんじゃないの、と軽口を叩いていたこの男はいまや、肩で息をしながらかろうじてそこに立っていた。まったく情けないといいたいところだが、そういう私もひざが震えている。
 互いに連れていた兵はもういない。数人は殺しあった末に息絶えた。残りは逃げた。(ただし、カイルのつれていた兵は、カイル自身が退却を命じた)
 愚かな戦いである。ここでこの男の命を絶つくらいしないと、ここまで消耗した意味がない。
「はあ、はあ、はあ……、っはあ、」
 カイルがこちらへ近づいてくる。ぽたぽたと地面に血が落ちていた。以前は生意気で食えない目を向けてきたこの男だが、今はあからさまな殺意を私に向けている。
「っはあ、はあ……」
 からん、と剣が落ちた。何がしたいというのだ。私は半分呆れてこの男を見守った。
 カイルはずるずるとこちらへやってきて、拳骨をつくって振りおろした。私はそれを腕で防御する。手甲に当たる鈍い音がした。しかしカイルはやけになったように、何度も何度もそれを繰り返した。
「どういうつもりだ、」
 思わず聞いた。カイルは答えない。そのうちがくっとひざが折れ、この男は地面に崩れ落ちた。
「はあ、はあ、……あのさー……、」
 カイルが私の服をつかみ、立ち上がろうとする。
「おれ、一応……怒ってるんだけどなー……」
 ものすごく、さあ。そういいながら、指に力を込めた。
「怒っている?だったらどうして剣を持たない。下らん。お前は一体何がしたいのだ」
「何って、なんだよ……あんたを倒したいに決まってるだろ」
 そうは言うが、行動と一致していない。今すぐ剣を取り私と対峙するべきなのだ。そうするべき、なのだ。
「そういう……あんたは……、はあ、何がしたいの?」
「もちろん、お前を殺さずして帰れまい」
「あはは……」
 相変わらずだなー、ザハーク殿は。カイルはかすれた声でそういった。そして、目をこちらに向け、
「じゃあなんでそうしないの。あんたは、その剣を構えて、俺と対峙するべきなんじゃないの?」
と笑った。
 私が思わず言葉に詰まると、カイルは急に顔を曇らせた。ものすごい力で押され、私は背を地面につける。カイルはその上に馬乗りになり、どうして、どうして、と繰り返した。
「どうして裏切った、どうして!フェリド様も、陛下も、死んでしまった。あんなに……あんなにいい人たちだったのに!」
 カイルは私の胸を力任せに叩く。よくよく見ると、目には涙が滲んでいるようだった。私はそれに気づいたとき、ああ、と確信した。
 この男とは、一生分かり合えない。
 考えも立場も心も何もかもが、こんなにもべつものだ。
 私はカイルを突き飛ばし、立ち上がった。ふらつく足を引きずってこいつに背を向ける。
「……どこへ、」
 カイルが聞いた。私は振り返らずに、太陽宮へ、と言い放った。
 このやろう、カイルが大声で罵倒する。私はそれを背で受けながら、悲しい、と思った。何がどう悲しいのかはよくわからない。しかし、太陽宮襲撃の日以来、私は初めて、悲しいと思ったのだった。

おしまい


2006年3月10日 保田ゆきの






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