改めない省みない


 徴兵者の名簿をつくり、重苦しい気持ちで碇泊している船をたずねる。中で控えているザハークに会わなくてはならない。
 きっとまた、冷たい目つきで名簿を見すえ、足りないな、と言うのだろう。くそ野郎め。足りないどころか、レルカーの西の中洲に住んでいる若者は、ほとんどいなくなってしまった。もちろん大半は兵役だ。徴兵されたくない者は、別の場所へ逃げた。または、徴兵する側へまわった。
 今のおれのように。
 ため息を吐き、しかし、こんな弱気ではいけない、と面を上げ、ゴドウィンの兵に取り次いでもらう。ザハークのいる部屋は知っていた。だが、おれが一人でこの船を歩くのは許されない。
 兵が扉をノックをする。
「ザハーク様、オロク殿がお見えになりました」
 うそものの敬意におれは笑いたくなった。中からザハークが、入れ、と言った。
「どうぞ」
 兵士はおれが部屋に入るのを見届けると、さっさと廊下の奥へ消えていった。
 おれはそっと部屋の中に入る。ザハークは簡素な椅子に座っていた。その様子が、あまりに暗く、か細いものに感じられて、おれは驚いた。なんと弱々しいことだ。
 いつもの不動の威圧感はどこへいった。おれはそう思ったが、しかし、逆にチャンスだとも感じた。今ならさっさと名簿を渡して帰れるだろう。この男の八つ当たりに付き合わずにすむ。
「……徴兵者の名簿だ」
 ザハークの目の前に立ち、紙の束をつきだす。ザハークは黙ってそれを受け取った。じっと目を通す。
「減ったな」
 ぽつり、とそうつぶやいた。減った?おれは言葉の意味がすぐには理解できなかった。
「足りないという意味か?だったら、」
「いや。それもあるが、これは、徴兵できる人間の数が減ったのだろう」
 おれは言葉に詰まる。ザハークは目を手で覆い、大きく息を吐いた。
 どうも、おかしい。
 今日のザハークの様子は、どうみてもおかしかった。
「何かあったのか」
 聞かなければいいのに。おれはそう思いつつ、つい、つい、そう聞いてしまった。ザハークは目を覆ったまま、
「何も」
と素っ気なく言った。
 埒が明かない。もういいだろう、と思い、おれは帰ることにした。
「じゃあな」
 ザハークに背を向けドアノブに手をかける。

「私たちのしていることは」
 突然、ザハークが声を上げた。毅然としていて、強くて、それなのにすがる様な悲しさもある声だった。おれは振り返る。ザハークは椅子に座ったまま、両手のこぶしを握り締めていた。
「間違いではない。断じて。しかし、」
 おれをまっすぐに見て、懺悔するかのように。
「正しくもないのだろう」
 おれは息を呑んだ。機械人形のようなこの男も、国を憂い、己を見つめることがあったのだろうか。
 おれはまたしても、つい、ザハークに近づいてしまった。椅子に座るこの男を見下ろし、
「おれも、同じことを、考えている」
と、口走ってしまった。おろかな。言ってから後悔が押し寄せる。
 ザハークはそっと口を開いた。
「下らん。愚かなことだな」
「そうだな。結局、おれもお前も、なにも改めないし、なにも省みない」
「ああ」
 ザハークは立ち上がった。おれは、ずっと見下ろしていたのを、今度は見上げる形になる。
 ザハークはおれの肩に顔を寄せた。おれはこの男の背に手を置いた。
 なんとなく、そうするのがよかった。もっとも自然だったのだ。
「ひどく穏やかだよ」
 ザハークの言葉に、おれは悲しくなる。この不安定で淋しい男は、次に会うときには、きっとまた何かに悩み、突き動かされているのだろう。
 おれは何かを言いたかったが、鼻の奥がつんとして、言えなかった。かわりに背に回した手で、ザハークの背をやさしくなぜた。


おしまい

2006年3月15日 保田ゆきの






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