だいじなことはぜんぶわすれた



 おれの親友であり、幼馴染でもあるラハルは、笛を吹かせても、竜馬に乗らせても、剣を持たせてもすべて器用にこなす。なんだか妬ましいほどだ。おれがひとさじの才能をもっているとすれば、こいつはきっとバケツ一杯分くらいの才能を持っている。
「ラハル、どうやったら、そんなふうに、笛が上手にふけるんだ。どうやって練習したのか教えてくれよ」
 昔おれが素直にそう聞いたとき、ラハルはさらっと笑った。
「どうしたかな。すっかり忘れた」
 おれに秘密にしてやろうとか、そういう意地汚さは一切持たないで、きらきらした目でそういうのだった。

 そんなラハルとの差は努力で埋めてきた。と、すんなり言えるまでには、途方もない苦労があったのだが、自分でそれを言うのは格好悪いし、第一言う相手もいない、当のラハルは勝るとか劣るとかに興味もなさそうで、団長に訴えるほどおれも厚顔無恥ではない。だからすんなり言うしかないのだった。
 それにしてもラハルの感覚はぶっ飛んでいる。控えめに言っても”一般的ではない”。もしおれが女装なんてしたら、そして誰かに見られたら、おれはそいつの記憶がなくなるまで頭をねらって衝撃を与えるだろう。まあ平たく言えば、がんがん殴ってやる。ああそれにしたって想像しただけで恥ずかしい。
 しかしラハルは、女装に関してとってもオープンでポジティブな考えを持っている。そして日常にも画期的に取り入れている。前なんて王子殿下の前で自信満々にその姿をさらしていたんだから、もう本物だ。あいつはすげえよただ者じゃねえ、我が親友にして幼馴染のラハル。
「おい、王子殿下がお前を見て、目を丸くしてたぜ」
「そうか、それはよかった」
 なんて答えるんだから、本当に心底尊敬する。

 まあ、いま、まさに女の格好をして隣にいるのだけれど。
 こいつはラニアさんの服を着て、さっきからずっと笛をいじくっている。まるっきりラニアさんそのものである。が、こいつがラニアさんではないと分かるのは、ときおりへんちくりんな鼻歌を歌っているからだ。そんな陽気なラニアさんはありえない。だから今おれの隣にいるのは、ラニアさんにそっくりな、陽気な女装男・ラハルである。あほらしい。
 本拠地の側にある原っぱで、おれと、陽気な女装男と、ランスとフレイルの四人がぼんやりと時間を過ごしていた。
「……よし。リューグ、ちょっと聞いていてくれ」
 ラハルはそういうと笛を構え、すらすらっとメロディーを吹いた。こうやってさりげなく吹く旋律すら、天才的に上手く、胸に迫る何かがあって、おれは思わずほろりとする。ランスとフレイルも、そっと目を細めて、心地よさそうにしていた。
 三人でぼんやり感動していると、その感動をぶち壊すことが趣味ですみたいな顔をして、ラハルが笛をやめておれの目の前に乗り出した。
「うわっ!」
 突然目の前に女装男があらわれて、おれはたじろぐ。
「とてもいい音色だっただろう。姉さんに新しい手法を教えてもらったんだ」
「そ、そうかよ……」
 おれは苦笑しながら、ラハルを見た。じっと凝視すればラハルだが、ずっと目を外していて、さりげなくぱっと視線を戻すと、本物の女にも見える。その怪奇現象が恐ろしい。
 ラハルはおれをじっと見つめ返し、
「お前がずっと独り身だったら、いつか結婚してやろうか」
と、言った。
「いらねーよ!」
 むきになって言い返すと、ラハルは屈託無く笑った。好き放題である。ミアキスといい勝負だ。
「ったく。なあ、なんでお前は、女の格好をするようになったんだ」
「そうだな……」
 ラハルはうつむき、悩ましげな顔をした。正直に言って、気色悪い。もっと正直に言うと、それでもどこか色っぽい。ああ、何だか自分に腹が立つ。
 ラハルは顔を上げた。おれをまっすぐ見つめる。
「……忘れたな」
「またかよ!」
 おれは呆れた。こいつは肝心なことは何一つ覚えちゃいない。しょうもないことばっかり覚えてやがる。おれの親友、幼馴染、愛すべき相棒。
 ラハルは謝る代わりに、笑いながら笛を取り、優しい曲を吹いた。そうやっておれは丸め込まれるんだ、どうせ。いつもいつも同じパターンなのに、おれは、なぜだか毎回引っかかる。
 おれももしかしたら、大事なことは、全部忘れているのかもしれない。

おしまい

2006年4月29日 保田ゆきの






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