ストーキングデー



 ひょんななりゆきからおれとザハーク殿の二人で留守番をしているのだが、そのザハーク殿が、なんでも市中見回りに行くというので、おれはそのクソまじめさに寒気を感じつつ、むしろあんたみたいな仏頂面が街を練り歩く事自体なんらかの事件なんじゃ……と皮肉に思い、しかしまあ興味はあるな、興味はあるよ、と思い直して、結局ザハーク殿の後を尾けることにした。
 そうとは知らないザハーク殿は、のこのこと太陽宮をでた。しめしめだ。間抜けなザハーク殿。この道中、もしなにか面白いことがあったらどうしよう。まあ、思いっきり覚えておいて弱みにしよう。
 ザハーク殿は長い長い橋を、ざっくざく渡っていった。歩いているのにものすごいハイペースだ。おれは小走りで追いかける。まさか脚の長さの差ではあるまい。それはないな、悔しいけれどきっとキャリアの差だな。おれは自分にそう言い聞かせた。断じて脚の差ではない。
 やがて街が見えてきた。ザハーク殿は少し立ち止まって、階段を見比べている。まさかとは思うが道を忘れたんじゃないだろうか。俺は吹きだしそうになる。フェリド様に言ったらきっと大笑いだ。
 ザハーク殿はふとなにかに気づいたような仕草をして、右の階段を下りた。おれは、あの人の考えが手に取る様に分かる。「市中見回りなんだから、どうせ両方行くのだし、どっちから行っても同じだ」。やっと気づいたんだね、よかったね、ザハーク殿。おれはだんだん腹筋が痛くなってきた。
 さて、無事に街に入れたザハーク殿は、黙々と歩き続けている。つまらん。おれは舌打ちしたい気持ちで、それでもなにかおもしろ事件が起こるだろうと期待しながらついていった。
「あっ、ザハーク様!」
 急に黄色い声が聞こえた。おれはぎょっとして、目を凝らす。若い女の子たち(あれはたしか、前に食事をしたことがあるぞ…)が、ザハーク殿に笑いかけていた。
「見回りですか?」
「おつかれさまです!」
「あっ、そうだ、いまそこで買ってきたまんじゅう、よかったらもらってください!」
「歩きっぱなしで暑くないですか?もしよかったらうちで休んでいってくださいね」
 なんだこの怒涛のもてっぷりは。
 おれは目の玉がこぼれそうなほど目を見開いた。どういうことだ。えっ、あれ、ほんとうにザハーク殿か?
 もちろんおれの混乱なんて知ることなく、ザハーク殿は言った。
「気持ちはありがたいが、遠慮しておく」
「そうですか、ざんねん」
「今度はお休みのときに、あそびに来てくださいね!」
「ああ」
 ザハーク殿の返事を聞いて、女の子たちはまた黄色い声をあげた。ザハーク殿は彼女達に軽く会釈をし、またすたすたと歩き出した。
 少し間をおいておれが後をついていくと、
「あれ、カイル様も見回りですか」
「がんばってくださーい」
と、女の子たちはこちらに来ることなく、遠巻きに手をふってきた。
 なんだよ、なんだよ。ザハーク殿がなんだってんだい。頭の固い朴念仁、へんくつやのわからずや。おれは頭の中で精一杯負け惜しみを言った。

 しかし暑い。ソルファレナはいつだって暑いが、今日はなんだか特別暑い。ちょうどいま、ザハーク殿がいる辺りに茶屋がある。あの人が通り過ぎたらおれはもう、そこに入っちゃおうかな。そう思っていると、前を歩いているザハーク殿が立ち止まり、
「暑いな……」
と、独り言を言った。やっぱりこの人も暑いらしい。まあ同じ人間だから、暑いだろう。
「……茶でも飲むか……」
 なんだって。おれは耳を疑う。ザハーク殿が職務中にさぼり?これは、予想もしない大事件である。おれはザハーク殿の後姿を見つめた。
「いっしょにくるか、カイル殿」
 ザハーク殿は急に振り返り、おれをまっすぐ見て言った。

 ば、ばれてる。

 おれは思わず頭をかかえた。恥ずかしい、情けない。みっともない。下を向いてザハーク殿に近づき、
「いつから気づいていたんですかあ?」
と、力なく聞いた。ザハーク殿は珍しくすこしだけ笑って、
「太陽宮を出たときから」
と言った。それってまるっきり最初じゃないか、くそったれ。
「それにしても、カイル殿に男をストーキングする趣味があったとは、驚いたな」
「なっ、なっ、なっ……」
 絶句するおれを尻目に、さあ茶でも飲むか、とザハーク殿はさっさと店に入っていった。おれは慌てて追いかけて、ひどく落ち込んだ、暗い声で、
「おれにおごらせてください……」
と言った。言うしかなかった。
 まったくとんだ一日だ、ああ、王子、フェリド様、みんな、早く帰ってきてください。

おしまい



とまあ、ザハークがウィットに富んだ人だったら、もっとよかったのにね、という話でした。
2006年5月8日 保田ゆきの







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