「ソルファレナは夜も暑いな」 あまり会話をする気分ではないカイルだったが、オロクがすらっとそんなことを言ったので答えないわけにはいかなかった。 「そうだね。暑いねー……」 言いながら、自分の下にいるオロクの白い首すじが気になった。日焼けしたら赤くなっても黒くならないタイプだなと思う。そこにそっと唇を寄せた。オロクは声を上げなかった。代わりに胸がゆっくり上下する。 ベッドの中、おたがい何も身につけずに抱き合っているというのに、オロクは相変わらずのペースでカイルに話しかけた。 「レルカーの夜風は、涼しいぞ」 「うん」 知ってる。そうつぶやくカイルの声はいつも以上に静かで、闇にとけてゆく。彼は夜になるとわざとそういう風に話した。これで何人の女を落としてきたのだろう、オロクはそんなことを考えそうになるが特に興味はなかった。むしろカイルのペースに乗ってやれないことを申し訳なく思った。だからせめて、黙ってやろう、それでカイルがやりやすいなら。オロクは口を閉じ、そっと目を伏せた。 カイルはオロクが黙ったのを皮切りに、行為を再開する。子どもが新しいぬいぐるみを撫でるような手つきだった。恭しく、慎重に。そんな風にしなくてもオロクは壊れない。オロクを壊すためにオロクを抱いた男でも、オロクを壊せなかったのだ。 そういえば、あの男の死に場所はこの城だったな。 おろかな銀髪の男を思い出したオロクは、ほんの少し唇をゆがめた。カイルはそれに気づかなかった。 なんの前触れも無くオロクがカイルを訪ねてきて、ちょうど一週間が経つ。カイルは女王騎士を辞めたところだった。太陽宮の部屋は女王の配慮でまだ使わせてもらっていた。そこに、警備兵に通されたオロクがやってきたのだ。 「ここは美しい場所だな」 言うべき挨拶を全部抜かしてオロクはそう言った。しかしカイルはオロクの言葉を聞いて、いっぺんにあの戦の最中のことを思い出し、久しぶりだとか言われるよりもずっと感傷的な気持ちになった。実際、涙が出た。 「そうでもないよ」 涙声で返すカイルの頬を、オロクは乱暴な手つきでぬぐった。 「少しの間、ここにいてもいいか?」 「もちろん、どうぞ。いつまででも」 鼻をすすってそう答える。オロクが部屋に入ったとたんに真正面から抱きしめた。そして大泣きした。太陽宮なんて美しくないよ、ここは本当にたくさんのものが欠けているんだよ、新しいものを足したって、それは全然別のものなんだよ……カイルはそういった意味の言葉をいくつか叫んだ。オロクは何も言わずに聞いていた。 泣きすぎて頭が重くなってきたころカイルはようやくオロクを放そうとした。が、放れなかった。オロクがその腕でカイルを抱きしめていた。 オロクも泣いていた。声も上げずにひっそりと、涙だけを静かにこぼしていた。 そうしてちょうど一週間目の晩、カイルはオロクを抱いた。暑い夜だった。あえてそんな晩を選んだ。 カイルは昔からそうしたかったことが急に叶って、叶ったとたん、おれの願いはこんなだったっけ……と不安になった。手に入らないときの方がずっと心底求めていた。手に入ったとたん、もっと、もっとと何かを求めたがる自分がいる。 不毛だ。悲しくなった。カイルがじっとしていると、気持ちよさそうに目を細めていたオロクが、カイルの腕にそっと触れた。 「やめないでくれ」 かすれた声で言う。 「全部忘れるくらいしてほしい」 カイルはオロクの手をとって口づけした。手のひらも手の甲も熱かった。細い指がちいさく震えるのを見て興奮する。全部忘れる、全部……。何かのスイッチがオンになったカイルは、荒々しい手つきでオロクをせめた。 翌朝目を覚ますとカイルは一人だった。 血の気が引き、心臓が凍りつく。跳ね起きてオロクの荷物を探したが、もちろんあるはずもなかった。 その代わりに小さなテーブルの上に一枚の手紙が置いてあった。カイルはその手紙を何度も読んだ。何度も何度も読んだ。 そして急に立ち上がり、着替えて荷物をまとめ始めた。手紙も乱暴に鞄の中へ突っ込む。ざっと髪をまとめ、荷物を背負って部屋から出た。 そのままの姿で謁見の間にかけこみ、目を丸くしている女王と、面白そうに笑うミアキスに向かって叫んだ。 「女王陛下、ミアキス殿、今までありがとうございました。おれは旅に出ます。きっともう戻りませんが、どうかお達者で!」 そしてくるりときびすを返して出て行った。 「なんなのじゃ、いったい」 首をかしげるリムスレーア女王に対し、ミアキスは笑うだけで何も言わなかった。 旅立ちの日に / おしまい 2006年7月16日 保田ゆきの |
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