とつぜん体から力が抜けた。ぐったりとベッドに身を沈め、ぴくりとも動かない。見ると失神しているようだった。珍しいことだ。ザハークはオロクの上から退いて、体に毛布をかぶせ、自分は汗を流しにいった。しばらくして、着物を羽織って戻ってきた。静かにドアを閉め、もう一度ベッドの上をみる。オロクは先ほどのまま、ぐったりと身を投げ出している。胸だけが穏やかに上下していた。眠っているのか。ザハークは息を潜めてそれを見守った。静かな夜だった。
 窓を開けると、川の音と虫の声が聞こえてくる。ザハークは壁にもたれかかって耳を澄ました。冷えた水っぽい空気が、鼻から入って肺を潤す、そんな心地だった。気づけば髪がすっかり乾いていた。オロクはまだ眠っている。きっとしばらく起きないだろう。
 ザハークはオロクの隣に寝そべった。手の甲でオロクの頬を撫でる。静かな寝息がときどき手の甲にあたってくすぐったい。指先で鼻筋をたどり、ひたいをなぞる。髪に触れ、そのまま抱え込むように腕を回してザハークは目を閉じた。体中に疲労が染み渡るのを感じる。眠ってしまおう。どうせ明日は勝手にやってくる。そうなれば、この街の住民を徴兵して太陽宮に明け渡して同時に王子の動向を探って場合によっては次に進む、だけだ。すべてはパターンだ。お決まりの筋書きに従ってコマを進めるだけだ……。
 オロクは目を開けた。うまく身動きがとれない。ザハークが自分を抱えて眠っているのだった。こんなことは初めてだ。もしかしたら今までにもあったかもしれないが、いつだってオロクは先に眠り、あとに起きた。眠っているザハークを見たのすら初めてだ。よほど疲れているのか。いっそ過労死すればいい。徴兵者をすべて置いたままさっぱり死ねばいい。
 オロクはザハークの寝息を聞いた。あんまりに慎ましく穏やかなので、さっきのは嘘だ、と心の中でつぶやいてやった。こんな体格がよくて頭の固いでくの坊が、自分なんかに縋って、安心して眠っている様子を思うと、なぜだか切なくなってくる。泣けてくるよ。オロクは目の前にある、ザハークの肩だか鎖骨だか胸だかに、唇を押し付けてすこしだけ舐めた。やっぱり泣ける。だめだ、眠りなおそう。
 オロクは目を閉じて、全く関係ない風景や、音楽を思い浮かべた。


 次に目を開けたとき、ザハークはちょうど髪を結い終えたところだった。毛布一枚のオロクを見下ろし、
「やっと起きたか」
と、冷静に言った。
「……起こせよ」
「あんまりすやすや眠っていたのでね」
 いやみな口調だ。やっぱりお前なんてくたばっちまえ。オロクは心の中で毒づく。ベッドから這い出て、新しい服を着る。床に散らばった衣類は適当にまとめてかごへ突っ込んだ。
「今日も暑くなりそうだな」
 オロクが言うと、
「ずっと夜のようだったらいいのに」
と、ザハークらしからぬ返答が帰ってきた。
「……寝ぼけてるのか?だいじょうぶか、お前……」
「君よりは随分ましだと思うが」
「おれは起きてる。はっきり目覚めてるさ」
「ならさっさと湯でも浴びてくるんだな」
 オロクはめまいがした。夜のうちに起こせよ!と言いたくなるのをこらえた。おれは抱き枕じゃないぞ、とも言ってやりたかったがこらえた。
 オロクが風呂に入る用意をしている間にザハークは静かに出て行った。太陽にさらされて、溶けはしないだろうな、と思う。そうしたらおれはそれを掬って川に流してあげよう。きっと冷たくて気持ちいいだろう。
 なんてことは、もうどうだってよかった。オロクは重い腰を上げて風呂へ急いだ。


おしまい

2006年9月18日 保田ゆきの
このふたりは、お互いの意識外のところで相手を慈しんでそうなイメージです






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