早く 僕に 気づいておくれ 桜 桜らららら (桜らららら / 中島みゆき) |
「……燃えたか」 ザハークは静かにそう言った。炎が爆ぜる音や、焼けた家が崩れる音のせいで、その声はほとんど聞き取れない。しかし何故だかはっきりと伝わった。おかげではらわたが煮えくり返る心地になった。 「誰のせいで!」 反射的にそう叫ぶ。するとザハークは刀の柄に手をかけた。斬るのか、おれを。そうだ斬ればいい。好きにすればいいのだ!オロクもまた、自暴自棄になっている。 煙のせいで息が苦しい。目も染みる。見る見るうちに涙が出てきた。ほろほろ、こぼれていく。 「泣いているのか……?」 ザハークの声に驚きが混じっているのを感じ、 「違う!」 とさえぎった。 住宅、店、街をつくっていたあらゆるものが燃えていく。まるで自分をあざ笑うかのようだ。そして街の通りの半ばには、ひと際大きな炎があった。 「見事な桜の木だったな」 「貴様……どの口でそれを言うか……!」 くやしい。腹が立つ。声さえまともに出ないほどに。地面に這いつくばり、拳を打ちつけた。そんなことをしても気など晴れない。そう分かっていても止められなかった。 「ソルファレナに、大きな桜の木を植えようか」 もうこの男は、気が狂っているんだ。オロクにはそうとしか思えなかった。 「あの場所は年中あたたかだから、年中咲くかな」 狂ってる。こいつは狂ってる…… オロクは涙を拭き、立ち上がった。こんな男に構っていられない。早く火を消さなければならない。レルカーの街を助けなければ。 ザハークに背をむけ、駆け出した。後ろから、オロク、と名を呼ぶ声が聞こえた(めずらしいほどに感情のこもった声であった) しかし、無視をした。 |
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見事な桜の木だった。オロクは木に優しく触れて、うつくしいだろう、と嬉しそうに言った。 「レルカーの川のつぎに、この木が好きだな……」 そうやってうっとりと笑うのだった。 時折花びらが舞い、オロクの髪や、服を掠めてゆく。夢物語のような景色だ。もともとザハークなどは、そういった甘ったるい考えには縁遠い人間だが、それでも綺麗だと思うほどだった。 「仕事がなければ、花見でもなんでもしたい所だがな」 酒を持ち寄って、つまみも用意して、なあ、そのときばかりは無礼講だぞ、そう呟くオロクの声は驚くほど優しい。しばらく呆然と立ち尽くした。するとオロクが手を伸ばし、 「花びらがたくさん乗ってる」 と笑って、ザハークの髪に触れた。そういうこの男の髪にも花びらは散っている。間抜けな光景だった。だが、じわじわと胸に染み入るこの感覚は、なんだろう。なんだろう……。 「どうした?」 手が離れると同時にそう問われ、首を横にふる。 「なんでもない」 「そうか……」 オロクは再び桜に目をやり、なあ、と声を上げる。 「なんだ?」 「季節が巡れば桜はまた咲く、おれは、ずっとその営みを守るからな」 それは、宣戦布告のようで、実は気の小さい嘆願のように感じられた。少し苛立った。何にだろう。このちっぽけな川と、馬鹿みたいに大きな木を、この男が自分の命のように守ろうとしていることが、自分は気に入らないのだろうか。 人も川も木も全部捨てて、こちらに来れば、全て丸く収まるのに。 利用するだけだった相手に、いつのまにかここまで入れ込んでいる自分に驚いたが、やはりその考えはひどく魅力的であった。 川くらいどこでも流れている。桜が好きならいくらでも植えてやろう。 「ザハーク」 オロクの声で我に返った。途方もない思考である。どうかしている。 「……帰ろう」 そういうと、オロクは素直についてきた。この素直さは、つまり、ザハークに対して何の興味も感情もないことを暗に示していた。どうでもいいから従えるのだ。 部屋に帰り、何となく、オロクを抱き寄せた。オロクはほとんど諦めているかのように抵抗しなかった。ふと、服のすき間から入り込んだらしい桜の花びらが、オロクの背に張り付いているのが見えた。あの苛立ちがまた沸き起こる。 もう、二度と咲かせぬ。ただそう呪った。 了 2007年1月6日 保田ゆきの いつもはオロクさんがザハークに執着しているような話を書いていたので、今回は逆で…… 一緒に来て欲しいと、もう心の底から思っているのに、やり方が不器用で伝わらないというお話でした。 |
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