オロクさんのこと、好きになっちゃったみたい、と、単刀直入に言った。オロクさんは、ショールを肩にかけたまま腕組みをして、「は?」と言った。
 おれはドアをしめて、鍵もかけた。知ってるんだー今日はおっちゃんたち帰ってこない日だって。なんだかストーカーか泥棒のようだが、まあいいや。
 オロクさんは顔をしかめた。
「なにかの冗談か?それなら明日にしてくれ。もう眠る時間だぞ」
「ちがうよ、夜這いだよ」
「……」
 オロクさんの顔が見る見るうちに曇る。でもまだどこかで、冗談だろ、という気持ちは捨てきれないらしい。まあそりゃそうだろう。相手がおれだからね。
 何かムードないなあと思いつつ、おれはオロクさんに歩み寄って、手を握った。思ったより抵抗がなくて、不思議なくらいだった。
「オロクさん?」
「……いや、自分でも不思議なんだが、不思議じゃないんだ」
「うー…ん?」
「言葉がややこしいな。お前がこうやって来たことが、なぜだかまったく不思議ではない。それが不思議だ。ということだよ」
「へえ」
 なんでかな、とおれは言う。さあな、とオロクさんが返す。
「予感していたのかな、どこかで」
 そういって目を伏せるオロクさんが最高に色っぽかったので、おれはおもわずキスをした。
 オロクさんはくすぐったそうにした。こういうのに、いちいち、かわいいとか思っているおれはね、もう本物だな、と思った。
「かーわいい」
とわざと言うと、無視された。でも顔が赤いよ、オロクさん。

 あんまりかわいくて、反応がいちいちおもしろいので、おれはずっとキスばっかりしていた。あちこちに。ねちっこい、と恨みがましく言われたが、おれはそれが楽しくてたまらないの、と笑って返した。
 オロクさんの細かい反応が、楽しくて、うれしい。おれは何時間だってこんなことしていたい。ごくごく弱火でね、じわじわ炙っていくのが好きなんだ。おかしな例えだけどだいたい的を射ている。
 炙られるほうはたまんないだろうけど。オロクさんの目はとろんとしていて、潤んでいる。呼吸は深かったが、細かく震えていた。ああ、こういう中途半端が、いちばんつらいだろうなと、すこしかわいそうになった。
「っ、」
 オロクさんが息を詰める。おれが急に触ったから。もっと触ると、たまらずに声を上げた。やらしい声だった。こうなるともう、止まらないでしょう、おれはこれがいやなんだ。正確に言うと終わるのがいやだ。ずっとしてたい。ずっとずっと、ぎりぎりまで、してたいんだよ。
 でもしかたない。おれもちょっとのぼせてきた。さっきまではちょっと掠めるくらいだったのを、えぐるように、しつこく、乱暴にしていくと、オロクさんがおれの背にうでを回して、「やめてくれ」とかすれた声で言った。こういうときのやめては、やってと同じだっていうことくらいおれだって知ってる。だからおれは、「いやだ、やる」と拙く答えて、無理やり、泣かせる覚悟でやった。オロクさんは泣かなかったけれど。
 言葉にならない声を何度も上げて、最後に、もう、と言った。おれはそれに終わりを感じて、悲しくなったが、それとは比べ物にならないくらい気持ちよくて、目を瞑った。


 何度も言うようだけど、おれは、ほんとに、ずっとずっとしてたくて、まあ、いわゆる、うっとうしい男なんだね。終わった後も、おれがオロクさんを抱きすくめて離さずに、その背中につっぷしているから、オロクさんは困っていた。荒かった呼吸もすっかり落ち着き、上がっていた体温も下がってくる。それでも離さず、ぴとりとくっついて、ベッドに転がって、気ままにオロクさんのうなじを啄ばんだりした。
「……カイル、」
 オロクさんの声はすこし枯れていた。無理させただろうか。してるときには気にならないことが、ちくちくと気になってくる、この感じも嫌いだ。
「……すこし、うでをゆるめてくれ」
 おれはひたすら黙っていた。
「……そっちを向きたいんだ」
 この人は、いつまでも、こんなだね、かわいいね。おれは素直にうでをゆるめた。オロクさんがこちらに寝返りを打つ。そしてすぐに言う。
「……泣くなよ、おまえ」
「オロクさんが悪いんじゃないよ、おれのせいでもないし。おれねえ、いっつも泣いちゃうんだよ、終わるのがいやでね、さみしくて泣けるんだー」
 胸をひたひたとしめらす、このさみしさが嫌いだ。さみしさを受け止められないから、いろんな女の子に目移りする。でも、オロクさんは一人なのにね。どうしたらいいんだろうね。
「またすればいい」
 オロクさんはさらりと言った。
 あまりの衝撃に、おれの涙もぴたりと止まってしまう。
「……え!?」
「何おどろいてるんだ?」
 オロクさんはとぼけるでもなく、きょとんとした。
「またすればいいんだよ、そうやって、くりかえしてるうち、もうさみしさなんて、なくなるよ」
 なんというか、改めて、ものすごい人だな……。心底そう思ったおれは、オロクさんを抱きしめて、大笑いした。
「泣いたり、笑ったり、忙しい男だな」
「あはは、ちがうよ、これはね、オロクさんに惚れ直しているところだよ」
 ほんとうに。
 おれはひとしきり笑ったあと、目を閉じた。
 こんなひとに出会わせてくれて、ありがとう、かみさま。
 ああでも、かみさまは、ねむっているんだったね。
 それなら朝いちばんに、ありがとうをいおう。
 にわとりよりはやく、ありがとうをいおう……。


おしまい

2007/04/04 保田ゆきの






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