目でも瞑っていなさい、かみさま かみさま、かみさま、聞いてください。あの人ったらひどいんです。悪魔だ、きっと。あれはね、おれを、たぶらかそうとしている悪魔なんだ。 おれはその気なんてないのに、まったく参っちゃう。手も足も出ない。あれは分かっててやってるんじゃないかな。賢い人だから、あの人は。 この前もそんな風だった。 夜中にトイレに行ったとき、そばでごそごそ物音がして、おれは、とりあえず見に行った。いや、べつに、誰がトイレの側で何をしていようと、知ったこっちゃないんだけど、まあ、つまり、ちょっと下世話な興味が湧いたものだから。 そしたら、オロクさんがいた。おれはびっくりして、とっさに声もでず、でもほっとけもしないので、結局じっと様子を伺った(最低だねー今思うと。) オロクさんはそっと自分のズボンのすそをめくり、脚を水で洗い始めた。痛みに耐えるような声を出しながら。怪我したな。おれは納得する。どこかで傷をこしらえて、内緒で手当てしてるんだ。 翌朝おれは問答無用で、オロクさんをシルヴァ先生の所へひっぱって連れて行った。オロクさんは目を白黒させていた。が、シルヴァ先生の怒号「おまえ、傷口に砂やら煤やら、雑菌が入りまくっているじゃないか、馬鹿者。もっと早く来い」を聞いて、いっぺんにしゅん、となった。 おれは医務室から出て、ひとりで大笑いした。さすがのオロクさんも、しょげるよな。 しばらくしてオロクさんが出てきた。 「たわしのようなもので、さんざん傷口を擦られたぞ。まるで拷問だ」 恨みがましい声で言われる。 「でも、オロクさんが悪いよー、隠さずにすぐ診てもらえばよかったのに」 と、おれは返した。 するとオロクさんの表情が、すこし和らいだ。照れくさそうに笑って、 「まあ、それもそうだな。すまんな、カイル。感謝しているよ、ほんとうは。」 と、言うのだった。 おれは思春期の子どもと同じくらい、照れた。かーっと顔中熱くなって、いや、あはは、と上ずった声で笑う。 「なあに照れてんだ、馬鹿」 オロクさんのほうが驚いて、苦笑していた。 いやだなあもう、思い出しただけで恥ずかしい。どうしてこんなにかき乱されるかな。おれにはわからないんですよ。もうめちゃくちゃだ。曲者、切れ者、カイルくんの名が廃っちゃう。 他にもね、もっとすごいことがあるよ。 オロクさんの部屋(というか、レルカーのみんなの部屋だけどね、その日はワシールのおっちゃんたちはいなかったの)で二人で酒を飲んでいた夜のこと。 そのお酒は珍しいレルカー産のもので、おれたちはちびちびともったいぶって飲んでいた。オロクさんは上機嫌で、「やっぱりおいしいな。レルカーの川のように、さわやかで、清い味がする」なんて意味分からないことをぶつぶつ言っていたくらいだった。 でもおれも少し酔っていたから、 「レルカーの川はきれいだったなあ、久しぶりに行ったけど、おれが子どもんときと全然かわんないよ」 とぺらぺら喋った。 「お前が子どものころのレルカーか……」 「オロクさんは、レルカーが生まれ故郷でもないのに、何でそんなに、レルカーがすきなの」 「……なんでかな」 オロクさんは首をかしげ、すこし酒を口に含む。 「最初は、一儲けしてやろう、ぐらいにしか思ってなかったのにな。いつのまにか、あの川と、町並みが、好きでたまらなくなっていたんだ」 「いい街でしょう」 そこを飛び出してったおれが言うセリフではないと思いつつも、そう言う。 「いい街だな」 オロクさんは微笑んだ。 「なあ、戦いが終わったら、お前も帰ってこないか?」 「レルカーに?」 「ああ」 「でも、ヴォリガのおっさん、いいっていうかな?」 おれがそういうと、 「だめなら、おれの家に住めばいいさ。まあ、少々、煤けているけどな」 と、オロクさんは笑った。 おれもいっしょに笑った。 「オロクさんの家か。なんか、楽しそうだねー」 するとオロクさんは、ちょっと真剣な目になって、 「なあ、本気にしてくれて、いいからな」 と言った。 おれに、笑う隙を与えないほど、真摯な目だった。 すごいよね、この人、こういうパワーはどこから湧いてくるんだろう。女の子なんて一発で落ちるよ。実際、おれだって、プロポーズされた気分だったし。ふつつかものですが、なんてうっかり言いそうになった。 かみさま、どうにかしたほうがいいんじゃないですか。このままじゃ、とんでもない方へいってしまう気がするんです。おれがね。 でも、かみさまが許してくださるなら、まあいっか。 ごめんね、背徳者で。 どうか応援してちょうだい、おれとオロクさんの仲を。 それではちょっと、いまから、行ってきます。 もう、男らしく、がつんと、ね。 せめて目でも瞑っていなさい、かみさま。 よいこはねんねの時間だよ。 おしまい 2007/04/04 保田ゆきの つまり、長い前置き…。つづきはこちら |
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