おれは欲望 おれは羨望 おれは嫉妬 おれは喜び おれは幸福 おれは不安 おれは衝動 おれは焦燥 おれの名は …… 「オロクさん、おみやげ」 おれは本拠地に着くなり、足早にオロクさんたちの部屋へ向かって、ちょうど部屋から出てきて廊下を歩いていたオロクさんを捕まえた。そしてオロクさんが何か言う前に、ポケットに手をつっこみ、強引にオロクさんの手を取って、てのひらに、そのおみやげをのせた。オロクさんはただ呆れていた。 「カイル、今帰ったのか」 「そうだよーただいま」 「…おかえり。あいかわらずみたいでなによりだ」 言葉と裏腹にオロクさんの顔は険しかった。いつものことだ。おれは気にせずにっこり笑う。 「それより、ねえ、おみやげ見てよ」 おれはオロクさんの手のひらを指差した。オロクさんは手のひらにのせられた物を、もう一方の手でつまみあげる。 「これは…組み紐?なにかの飾りか」 「ふふ、いいでしょう。昨日までいた村で作ったんだ。面白いんだよ、編み方とか、模様とか、いろいろあってねえ、それぞれ意味とか、言い伝えとか、」 「作った?まさかおまえが作ったのか?」 「えっ?うん」 おれはそこを聞かれると思ってなかったので、拍子抜けて返事した。だって見るからに拙い組み紐だ。こんな物売っていたら怒られそうなほど、あちこちほつれたり、よれたりしている。 「よっぽどひまだった…わけじゃないな。すまん、いまのは失言だ」 「そうそう。もともと交流が目的で行ったんだし。まあ正直なところ、最初は、話の長い村長から逃げたかっただけだったけどね」 おれはオロクさんがあまりに驚いた様子で組み紐を見つめているのが、けっこう気恥ずかしくなって、茶化すように言った。オロクさんはやはり組み紐をしげしげと見つめている。そしてそんなオロクさんをしげしげ見つめるおれ。 「これはどう飾ればいいんだ?」 「…えっ、え?なにがっ?」 おれはあわてて聞き返した。ぜんぜん聞いてなかった。 「この組み紐。どう飾ればいいんだ」 「あ、ああ。それはねえ、手首とか足首に結んで、御守り代わりに身につけるんだよ」 おれは自分の手首を指差しながら言った。オロクさんは、ふうん、と頷くと、組み紐を自分の手首にあわせ、腕をおれの前に差し出した。 「自分じゃ結べん。結んでくれ、カイル」 なんてことなさそうな顔で、さらっとそう言って、おれの顔を見るのだった。 「あ、うん、」 おれは頷いて組み紐をつまみ、オロクさんの手首をぐるっと巻いた。平静を装いながら、指先は今にも震えだしそうだった。ああ、昨日おれが編んだ紐、今おれは、それを、オロクさんの手首に結んでいる、自らの手で。 結び終えるときには、俺の手はじっとり汗ばんでいた。 「できたよ、」 「ふ…ありがとう」 オロクさんは手首に結ばれた組み紐を触りながら、小さく笑った。そして軽く手を振って廊下の奥へ消えていった。おれはしばらくその場で呆然と立ち尽くし、自分の心臓の音を聞いていた。 おれの中のどんな想像も理想像も、オロクさんがする実際の一挙一動にはかなわない。 「オロク、ずいぶんすてきな組み紐ですね?」 夕方、エントランスに繋がる階段を降りていると、階下からそんな声が聞こえてきておれは心臓が飛び出そうになった。たぶんワシールのおっちゃんの声だと思う。 「ああ。今日もらった」 オロクさんの声も続いた。 おれはどうするか迷った。出て行くならいまだ。盗み聞きはよくない。でも、でも…。 「手作りの組み紐…なんだかロマンチックですねえ。しかし、こんな風に結んであっては、外せないと思いますが…」 「外さないよ」 聞こえてくるオロクさんの声は優しい。 「外さず、ずっと…身につけておく」 「へえ…」 おっちゃんが感心したように言った。おれは階段にうずくまる。顔が熱い。耳も熱い。頬を乱暴にこすって、緩む口元をごまかす。 やがて足音が近づいてきた。そして、急に止まった。とたんに何の物音もしなくなる。完全な沈黙。 おれはそうっと顔を上げた。そこに立ち尽くしていたのはオロクさんだった。俺に負けず劣らず、顔を真っ赤にしたオロクさん。 「カイル、いつからそこに、」 上ずった声でそういいながら、指先はずっと、手首の組み紐をいじっている。そわそわ、無意識に。 おれはゆっくり立ち上がった。唇をかみしめ、震える膝をごまかしながら、オロクさんに、一歩、一歩、近づいていった。 おれは欲望 おれは羨望 おれは嫉妬 おれは喜び おれは幸福 おれは不安 おれは衝動 おれは焦燥 おれの名は 恋心 おしまい 2010年5月16日 保田ゆきの たまには恋しちゃってるかんじのおふたりさんを と… |
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