未来のプロポーズ



 こんばんは、と微笑みながら、カイルが部屋に入ってきた。片手に酒のボトル、もう片手には肴の載った皿を持っている。オロクが何かを言う前に、ワシールが立ち上がり、うれしそうにカイルに歩み寄った。
「やあ、カイルくん。なかなか、すてきな取り合わせですねえ」
「でしょう?たまたまね、いいお酒と、おいしいおつまみが手に入ったから、おっちゃん達といっしょに食べようと思って」
 カイルはあいかわらずにこにこと笑っている。ふと、部屋の奥にいたオロクに目を向けて、
「オロクさんも、食べるでしょう」
と、ますます顔をほころばせてそう言った。
 オロクは、当然だ、と言い放った。それを聞いたカイルは満足そうにうなづくと、きょろきょろと周りを見渡した。
「あれ?ヴォリガのおっさんは?」
 テーブルに皿とボトルを置きながらそう尋ねる。ワシールは、ああ、と思い出したように手を打った。
「そうそう。ヴォリガがいませんでしたね。実は、彼は今、レルカーに戻っているんですよ」
「おっさんが?オロクさんじゃなくて?」
 カイルは首を傾げ、オロクを見た。レルカーの復興を指揮しているのはオロクのはずだ。しかしオロクは何も答えず肩をすくめた。それを受けて、ワシールが代わりに答えた。
「まあ、もうすぐこの戦いにも決着がつくのではないだろうかということで……、レルカーがこれからどうなっていくのか、どういう形にするのがいいのかを、住民のみなさんと一緒に、話し合っているんですよ」
「えっ?それって、おっちゃんたちも行かなきゃだめじゃないの?」
 カイルがきょとんと聞き返すと、ようやく、オロクが小さく口を開いて話し始めた。
「そう、その、ヴォリガだけが行った、というのが、おれたちからの第一の提案というわけだ」
「……つまり?」
「レルカーにおいて、おれたちが持っていた全権を、ヴォリガに渡す。西も、中央も、ヴォリガの管轄とする。あいつがレルカーの代表として、レルカーを治めるんだ」
 だからおれたちは、ここで気楽に酒盛りするのさ、と、オロクはいたずらっぽい表情で笑った。ワシールも、ヴォリガがいたら、お酒も肴も一瞬でなくなってしまいますよ、と言ってひとしきり笑った。




 ボトルの酒がほとんど空になるころ、ワシールは上機嫌で笑いながら、
「やあ、今夜は本当に楽しかった。カイルくん、ありがとうございました。うん、本当にいい夜です。うん、うん」
とあまり呂律の回らない口調でそういって、ベッドに倒れ込むと、ぐうぐうといびきをかいて眠ってしまった。
「あいかわらずだね、おっちゃんも」
「まあ、悪酔いしないだけ、いいだろう」
 残った二人は口々にそういって、互いのグラスに残りの酒を注いだ。
「ねえ、オロクさん……」
 カイルは少し酒を口に含んだあと、神妙な声で話し始めた。
「さっき言ってた話、実現しそうなの?」
「うん?どの話だ」
「ヴォリガのおっさんが、レルカー代表になるって……」
 それを聞いたオロクは、意外そうな顔をして、カイルを見つめた。
「ああ、たぶん、話はまとまるだろう。だがなぜおまえがそんなことを気にするんだ。もしかして、ヴォリガが治めるレルカーに帰りたくなったか?」
 そういって、オロクはぐいっとグラスを傾ける。もともと酒に強い方だが、今夜は特にたくさん飲んでいる。
 カイルはあいまいな顔をして、うーん、とうなった。
「まあ、それもいいけどね。……むしろ、オロクさんは、どうするの?」
「おれ?」
 きょとんとするオロクに対して、カイルはさらに言う。
「西の中州が復興してさ、ヴォリガのおっさんがレルカーを治めてさ、その後、その後でいいんだけど、っていうか、本気にしなくていいし、そのときの気分で、決めてくれてもいいんだけど……」
「なんだ、カイル、おまえらしくもない。はっきり言えよ、はっきり」
「いや、だからさあ。これからのこと決まってないんだったら、オロクさん、おれと一緒に、旅にでようよ」
 いつも通りの、軽い、あっけらかんとした口調だった。普段のオロクだったら、何を馬鹿な、と笑い飛ばしている。だが、そうしなかった。平静を装うカイルの耳が、真っ赤になっているのに気づいたからだ。
 オロクはしばらく黙っていた。カイルはなんどか酒を口に含み、そわそわと落ち着かない様子でオロクの言葉を待っていた。
「……カイル。おまえが、」
「う、うん」
 突然オロクが口を開き、カイルはグラスを置いて姿勢を正した。
「おまえが本気でそう言っているのなら、まあ、考えてやらんこともない。ただし一つ、条件がある」
「条件?」
「そうだ。おれの気が変わらんうちに、西の中州の復興を終わらせなくてはならない。そうだよな?」
「う、うん」
「つまり、おまえがするべきことは?」
 オロクの口調は高圧的だった。もちろんカイルは知っている。オロクがこんな風に話すのは、彼なりの照れ隠しだということを。
 だからカイルは、満面の笑みで答えた。
「復興作業を手伝う!やったー!」
 そういって立ち上がり、オロクの手を握った。馬鹿、恥ずかしい真似をするな、と苦々しく言ったオロクの手は、カイルの手よりもずっと熱かった。


おしまい

2010年12月4日 保田のら






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