ゆるゆるとおちてゆく

「なあ、髪がよお、そんなふうにきれいになるコツってあんの」
 部屋に入ったとたんハーヴェイはそういいながら、ベッドでうとうとしていたおれの髪に指をつっこみ、ざくざくとてきとうに梳いた。おれはといえば、その感触にも眠気がわいてくるほどに眠かった。目をとじながら、
「じゃあおまえのぴょんぴょんはねた髪にも、なにかコツなんてあるのか」
と、聞く。ハーヴェイは、はっ、と笑い、
「あるかよ、そんなもん」
といった。
 とつぜんベッドのスプリングがきしむ。ハーヴェイが乗ったんだな、となんとなく思った。頬のあたりに、こいつのぴょんぴょんはねたこそばゆい髪の毛の感触を感じた。おれはなんとなくそこへ手を持って行った。さっきハーヴェイがおれにやったように、こいつの髪を、ざくざくと無造作にかきまわす。
「いてて、いて」
 ハーヴェイが声を上げた。少し乱暴すぎただろうか。おれがやさしい手つきを心がけると、ハーヴェイは何も言わなくなった。
 しばらくそうしていると、やがて規則正しい息づかいが聞こえてくるようになる。ハーヴェイは寝てしまったようだ。自分のベッドがあるのにわざわざこんな狭い寝方をしなくても。おれはそう思った。しかしおれがいま立ち上がってハーヴェイのベッドに移動するのは、どうやっても面倒でおっくうだった。だからもう、いいことにする。とにかく眠りたい。おれは、最後にもういちどハーヴェイの髪にさわり、それから眠りの世界へ落ちていった。



 すこし肌寒い夜だった。おれは寒さにふと目を開ける。部屋はすっかり真っ暗で、となりではあいかわらずハーヴェイがすやすやと眠っている。おれは、おれとハーヴェイの下敷きになっている掛け布団をひっぱりだし、かぶって目をとじた。ぽかぽかして気持ちいい。そのまますっと眠れそうだった。
 ハーヴェイが、何かむにゃむにゃといって、こちらに寝返りをうった。目をとじたまま手探りで掛け布団を探し、もぐりこんでくる。そしてまた、すう、と眠ってしまった。
 もういい年をした男ふたりが、並んで寝るに飽き足らず、さらに小さな布団にふたりでくるまりながら寝ている。なんとこっけいなことだろう。しかしおれは、もう、ほんとうに眠くて仕方なくて、ほかの事なんてどうでもよかった。むしろ、ハーヴェイの体温がきもちよくて、ほかほかと、とてもいいぐあいだった。ハーヴェイの体に鼻をぴたりとくっつけて、たくさん息を吸い込み、ゆっくり吐く。胸のなかにぽかぽかとあたたかな何かが広がって、ひどく安心した。なぜそう思ったのかは分からないが、なんとなく、母親に抱かれて眠っているようだと思った。気恥ずかしい考えだ。すぐに忘れる。
 そしておれは、ゆるゆると、眠りに落ちていった。








 朝起きるとベッドにはおれ一人だけしかいなかった。少し不思議に思ったが、きっと先に起きてどこかへ行ったんだろう、と思った。実際にそれ以外はありえない。
 おれが起き上がってベッドに座っていると、扉が開いてハーヴェイが入ってきた。着替えもすませ、すがすがしい顔をしている。
 ハーヴェイは、おはようさん、と言った。おれも、おはよう、と返す。ハーヴェイはにやにや笑っておれに近づき、くしゃ、とおれの髪を両手でつかんだ。
「ねぐせ、ついてやんの。髪がぴょんぴょんだぜ」
 おお、それは困る。大いに困る。おれはいたずらっぽく笑い、急いでねぐせを直してこよう、といって立ち上がった。しかしハーヴェイがそれを無理やり押し戻す。おれはベッドにしりもちをついた。
「なにをするんだ」
「いいじゃん、その髪型。おそろいだぜ、このハーヴェイ様とよ」
 にやにや笑ってそういってくる。おれはついつられて笑ってしまった。そうして、立つ、押し戻す、をくりかえすうち、何がなんだか分からなくなって、結局じゃれあうようにふたりでベッドの上に転がり込んだ。はは、と笑い声がこだまする。
「はあ、もう、おれら、あれだな。ちっこい子どもみてえ」
「そうだな。ナレオのほうが、よっぽど大人ってもんだろうな」
 昨夜のように、ベッドにふたり並んで寝転び、笑う。おれはこの不思議な心地よさに、ふと目をとじた。ハーヴェイがまたおれの髪をくしゃくしゃと触る。そしておれは、やっぱりそれが気持ちよくて、せっかく起きたのにまたうとうとし始めてしまった。
 もう、危うくもう一歩で眠ってしまう、というところで、ハーヴェイの声が聞こえた。人が眠る瞬間って、見てたらなんか、きもちよくなるよな。そんなことを言っている。おれは、うんとかああとか、適当な相槌だけをうった。ハーヴェイがひっそりと笑う気配がした。

おしまい


わたしは一体何を書きたかったのか……なんとなく書いていて楽しかったものでした。
2004年9月4日 保田ゆきの








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送