ぴったり凸凹、つながる凹凸 キカ様は、酒に酔わないが、まったく酔わないわけじゃなく、めったに酔わないというだけで、たくさん飲めばたまに酔うし、たまに酔えばそれなりに崩れる。なによりよくしゃべる。説教をするようになる。おれなんかは、そういうキカ様の声をきくだけでも、じゅうぶんに心地よくて、ついつい付き合ってしまうのだけれど、ダリオなんかは、キカ様が酔い始めると、我関せずとばかりにさっさと逃げてしまう。だからおれは、いつもひとりで、ぼんやりとキカ様の話をきくはめになる。 「完璧な人間ってのは、いない。そうだろう」 はじまった。おれはほおづえつきながら、そうっすね、とのんびり相槌を打つ。 「完璧とは、平均ということだ。すべてがひとしく優れていて、初めて完璧なんだ」 そんな人間はいない、そうだな。キカ様はぐい、とグラスをあおった。キカ様の声は、空気をふるわせて、そのままおれの体に直接しみこんでくる。心地いい。 「ハーヴェイ。おまえは馬鹿だが、前向きで、やさしい。ひとより抜きん出ているし、人より劣っている」 「……でこぼこ、って感じですね」 「そうさ。人間はみなでこぼこだ」 おれの、でこぼこ、という言い草が気に入ったのか、キカ様はおもしろがるように笑った。口の端をつりあげて、空のグラスに酒を注ぐ。ついでにおれのグラスにも酒を足してもらって、おれは、すいません、と軽く会釈した。 「そのでこぼこが……、ぴったり、つながる相手ってのが、いる。わたしの劣るところを埋めてくれ、わたしが優れているところで相手の穴を埋め……そうやって、ぴったりおさまる相手が、いるんだ」 キカ様の目が、心なしか、遠くを見るような深い色になった気がした。おれは何もいえなくて、酒を少し飲む。胃が熱くなった。 「ハーヴェイ、きっとお前にも、いるさ」 キカ様がわらった。あたたかな表情で、ふ、と、力を抜くような、当たり前すぎて呆れてしまって、思わずため息をつくような、そういったふうに。 「……キカ様には」 いるんすか、おれはキカ様をまっすぐに見た。なんだ、お前だといって欲しいのか?キカ様はにやりと笑う。あいかわらず、キカ様は意地悪だ。おれは遠慮なく、唇を尖らせた。キカ様は笑った。 「怒るな。……そうだな、昔、いたな。……それだけさ」 おれはやはり、何も言えずに、目線だけうろうろと動かした。キカ様がふきだす。まったく、お前は、不器用な奴だ。そういうときは、無理にでも、なにか言葉を搾り出すもんさ。そういって、笑う。 気まずくて、しどろもどろで話題を変えた。 「……おれにぴったりくる相手か。そうだなあ、強くて、やさしくて、さらにとびっきりの美人とかだったら、嬉しいっすけど」 「ふふ。案外、背ばっかり高くて、のんびりとした、どこか抜けてる……そんな、男、かもしれないぞ」 「お、男……」 なによりキカ様の具体的な予想に、おれはぞっとした。実現したらどうしよう。おれより背が高い奴なんて、却下だ。のんびりとしたやつだって、きっとおもしろくない。どこか抜けてる、だなんて、そのフォローはまさかおれがするんじゃないだろうな。 「……ううー、それが本当になりませんように」 「ははは。まあ、今のは適当に言っただけだ。気にするな」 キカ様がそういっても、おれは、なんだかそれが、ものすごく本当になる気がして、寒気のような、ちょっとした期待のような、不思議な気持ちでいっぱいになった。 たまらずにグラスの酒をあおる。将来、あんまり飲みすぎるなよ、と誰かにいさめられるような気がして、おれは危うく酒をふきだしそうになった。 おしまい シグルドがハーヴェイたちの仲間になる前の、他愛もない話。このふたりの前後関係が分からないんですけれど、なんとなく、ハーヴェイがキカに拾われる、そのハーヴェイがキカの部下として、ミドルポートのシグルドと戦う、後にシグルドがキカに拾われる、って感じかな……と思ってます。 2004年9月10日 保田ゆきの |
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