ヘルムートとシグルド 物腰がおだやかで、常に冷静で、ああこの人となら少しは話せそうだ、と思っていたら、くだらないことに、こいつは単なるばかだった。 ばか、というよりも、ぼけ、だった。「ばか」はこのぼけの相棒にこそふさわしい。 ばかとぼけのコンビって。それってどうなんだ。ちょっと、いただけないんじゃないか。 ヘルムートはそこまで考えて、思わず頭を抱えた。 ばかとぼけのコンビと、こともあろうにトリオを組む自分が一番どうかしている。 ああヘルムート、ちょうどいい、そう声をかけられた。例のぼけに。はっきり言って振りかえりたくなかったが、無視もできない。 ヘルムートはゆるゆると振り返った。 「……何のようだ」 「これから飯を食いにいくんだが、いっしょに行かないか?」 「なぜおれが、お前と……」 「今日のランチはな、なんでも海の幸が何たらかんたらで、うまいらしいぞ」 このぼけはまず人の話を聞かない。腹のそこが苛々と痛むのを感じながら、こういうやつにはきっぱり言ってやったほうがいい、と思った。 「シグルド。悪いが、おれは行かない」 「海の幸が嫌いなのか?べつにおれは、まんじゅうでもかまわないが」 このぼけ! とは、さすがに言わないが。なんでこの男には、気を利かすとか、そういった機転が回らないのだろう。 思わずため息がこぼれる。するとシグルドは、はっとしたような顔をした。 「ああ。腹の調子が悪いなら、早く言ってくれれば」 「違う!」 思わず大声で叫んで、そうしたらもう、どうでもよくなった。ぐったりしながら、分かった、付き合う、というと、このぼけはにこりと笑った。 「よかった。いちどお前と、ゆっくり話してみたかったんだ」 では行こう。そういってすたすたと甲板を歩いていく。 ヘルムートは不覚にも、胸を突かれた心地になった。 まったく心外だ。下らない。おれの心は、こんな、軽いことで、動いたりは……。 「早くこいよ」 遠くからシグルドの声がする。ともかく付き合うといってしまった以上、ついて行ってやるしかない。 もしこいつが望むなら、ゆっくり話をしてやるしか、ないじゃないか。 ヘルムートとハーヴェイ シグルドがぼけならこいつはばかだ。 本物のばかだ。 時々、こちらがもう、ぞっとしてしまうようなことをする。えっ今のまさか本気か?正気だったのか?というようなことを。 「なあ。どこまで行ったら海のはじっこに着くんだ?」 前に、そう聞かれたことがある。思わず、は、と聞き返した。このばかは苛々した様子で、 「だから、どっかに海のはじっこってあるじゃねえか。水が落ちていくところ。それってこのあたりじゃねえよな。もっと北か?」 「…………」 こんなやつが、本当に海賊でいいのだろうか。ぞっとしすぎて思わず体が震えた。 なるべく関わらないでいよう。そう心に決めていたのに、なぜか今、このばかと風呂で二人きりになっている。 わざわざ人の居ない時間を選んで、さっさと入ってさっさと出ようとしていたところにこいつが入ってきたのだ。なんというタイミング。それにすら呆れた。 「なあヘルムート」 「…………」 「おーい。聞こえてねーの?」 「…………聞こえている」 「あっそ」 「…………」 「…………」 「……おい、なんの用も無いのに呼んだのか?」 「っていうか、呼んでるうちに忘れたんだよ」 あっはっは。ハーヴェイの笑い声が風呂に響いた。 もう、どうすればいいんだ。 ヘルムートはなんだか考えるのにも疲れてきて、目をとじた。湯船に入って目をとじると、妙に落ち着く。 ほかほかと湯気が気持ちいい。と、和んでも居られなかった。 ふと目をあけると、あのばかがいない。どうしたんだろう。先に上がったのか?そう思って、なんとなく湯船を見つめると、湯の中にもぐってこちらに近づいてくるハーヴェイが見えた。 「うわああああ!!」 叫びながら後ずさる。 ばかだ!本物のばかだ! というよりも、意味が分からない。 「……ぶはっ」 ハーヴェイは湯船から顔を出して、チェッとかなんとかいっている。 「もうちょっとで、お前をビビらせるとこだったのに」 「じ、十分驚いたわ!」 「わはははは」 またしてもこのばかの笑い声が風呂に響く。もうここまでくると、ヘルムートも、笑うしかなかった。つられて、ハッ、と笑うと、ハーヴェイは余計に笑い出した。つられるようにこちらの笑い声も高くなる。そして、気づけば二人のとてつもない笑い声が風呂中に響いていた。 シグルドとハーヴェイ 「ヘルムートってさ」 「ああ」 「本当は、すっげーばかだと思うんだ。だってそうじゃねえ?なんだかんだいって、おれ達に付き合うし」 「そうだな。意外にぼけっとしているしな」 「だろ?なんか、ほっとけねーよな」 「ああ、そうだな。放っておいたら、何をするか分からないところがあるな」 「やっぱよお、おれ達がちゃんとかまってやらねえと、だめだよな」 「ちゃんと気をつけてやらないとな」 「ああ、全くその通りだぜ。世話のかかる奴」 「ははは」 ふと襲い掛かったいやな悪寒に、ヘルムートは思わず身震いした。 おしまい なかなか更新できないので、思いつきで書いた美青年話。 シグ・ハーはヘルのことを、弟分というか、ちゃんとかまってやらないとなあ、と思っていると思う。 それでヘルムートとしては、いい迷惑と思いつつ、まあちょっとは、ほんの少しだけは、楽しいかな……と思ってそうです。 2004/10/03 保田ゆきの |
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