もちつもたれつ



 ファズの話はむずかしくて、おれには時々わからない。
 あれはこうで、そうなると思うんだが、ジグはどう思う、なんて唐突に聞かれて、さあ、どうだろう、とあいまいに答えると、ファズは大きくうなづいて、そうなんだ、結局判断できないと言うのがいちばん正確な答えなんだ、だけどそうなると、これのそれがあれでうんぬん、と、話がどんどん広がってゆき、もうおれにはさっぱり分からなくなる。
 たいてい、ファズの話はむずかしいな、とおれが言って、ファズが苦笑し、話は終わる。おれなんかに話してファズは退屈じゃないだろうか、もっと、べつの、賢い話し相手を欲しがっているんじゃないか、おれはそんなことを考えては、おれと二人で旅をしているファズに、申し訳ないような気持ちと、若干の悔しさが湧いてきて、胸がかすかに痛んだりする。

 立ち寄った町で宿をとった。そろそろ寝ようかと、それぞれのベッドでくつろいでいたときに、また、ファズの話が始まった。
「マキスが、前に、学校を作りたいって言ってたよな」
 ファズが話し始めたので、おれは体を起こしてベッドに腰かけた。そして、口を開く。
「ああ。ペンは剣よりも強し、だったか……」
「そしてタイロンは、道場がいいと言っていた。この世界で生きていくには、体を鍛える方がいいと」
「ああ」
「なあジグ、この二つは、そんなに両極端な話かな?おれは、二つとも大事だと思う。知識と教養を深めることで、想像力が働いて、力の暴走を抑える。肉体を鍛えることで、自分や周りの人間を物理的に救うことができる」
「ああ……」
「いっそこの二つをひとつの組織に落とし込んで、子どもたちに学ばせればいいんじゃないか?中には、マキスのように教養に優れたり、ハースのように強さを求める者がでてくるかもしれないが、それもまた、教育の成果だろう。そうだ、すべての子どもには可能性があり、まずきっかけを作ることが大切なんだ」
「……」
「今度ガンドアに戻ったら、ロザに話してみよう」
「ああ」
 こんな具合に、おれは分かったような分からないような、いや、結局、なんのことやら分からずに、ファズの話に相づちを打つ。退屈ではない。ファズの真剣な思いは伝わってくる。ただおれには、なにも意見できない、提案もない、それが何となく悔しくて、胸がつっかえるのだった。
「なあ、ファズ」
「なんだ?」
「おれと一緒にいて、つまらなくはないか?」
 おれはストレートに聞いてみた。ファズは、間の抜けた顔をして、首を傾げる。おれは言葉を続けた。
「だっておれは、ファズみたいに、いろいろ考えているわけじゃないし……。どうだろう、と聞かれても、何も答えられない」
「ジグ、」
 ファズは驚いたようにおれの名を呼び、じっとおれの顔を見つめたあと、破顔一笑した。
「ばか、おれに気をつかうなよ。おれが勝手に、おまえの旅についてきたのに。まったく、そんなこと気にしてたのか。ふふ」
「おかしいか?」
「おかしいよ。おまえのそういう、変に思い詰めるところが」
 ファズは笑っている。おれはファズがどうして笑っているのか分からず、ただ、馬鹿にされているわけではないことは、伝わってきたので、怒りも湧かず、ただただ困ってしまった。
 ファズはひとしきり笑ったあと、立ち上がって、おれの隣に腰かけた。なあジグ、と、優しい声で話しはじめる。
「いつも一方的に話すおれも悪いんだけどな。ただ、なあ、ジグ、おれはおまえに話を聞いてもらうと、不思議なくらい、考えが整理されて、話しながらなにかに気づいたり、ひらめいたりするんだ。本当だぜ。一人で考え込むのと同じくらい、おまえに話すこともおれにとっては大事なんだ。だからおまえは、そんなこと、少しも気にしなくていいんだよ」
「そう……か?」
「ふふ。そうそう。今も、おれがなんのことを言っているのか、よく分かってないだろ」
「……」
「でもおれは、ものすごく晴れやかな気持ちだ。だからいいんだ」
 ファズはにっこり笑って、体を後ろに倒し、おれのベッドに寝転がった。おれは今の話を、なるべくゆっくり思い出して、かみ砕いた。なにか腑に落ちない気持ちだった。
「なあ、ファズ。それって、」
「うん?」
「おまえだけ、いい思いをして、なんかずるくないか?」
「なんだ、今ごろ気づいたか」
 ファズがいたずらっぽく笑った。さすがにむかっとしたおれは、眉間にしわを寄せ、寝ころぶファズの腹の上に、勢いよく自分の頭を乗せた。
「おえっ、く、苦しい」
「ふん、」
 おれはかまわずファズの腹に、頭をこすりつける、そうしているうちに、なんだかおかしくなってきて、おれは小さく笑った。なに子どもみたいなことしてるんだ、おれは、と少し恥ずかしくもあり、なおさら引っ込みもつかない、そんな気持ちだった。
「何笑ってるんだよ、はやく、どけって、もう」
「いやだ」
 おれはファズの腹を枕にして目を閉じた。寝るな、ばか、と頭上から声がしたが、それさえもなんだかおもしろくて、おれは、また小さく声を上げて笑った。


おしまい

2010年10月9日 保田のら






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