毎日が輝くよう



 そう、それは決まって忙しいとき、もしくは、思案の末に何かひらめきそうなとき、ともかく、目の前のことに集中したくてたまらない、そんなときに限って彼女はやってくる。
「ハーイ、ロザ。ここらで一息つかない?」
 無邪気な笑顔をうかべ、手までふりながら、私の机に腰掛ける。あまりにタイミングが悪いので、最初は、どこかから私を見ていて、わざと一番うっとうしい機会を狙っているのかと、疑ってしまったほどだ。しかし、彼女がそんな面倒なことを、私のためにするはずがないと思い至り、なぜだか少しがっかりして、そんながっかりしている自分に気づいて、私はさらに失望した。
「……イゴリダ。休憩するなら、どうぞ、ご自由に」
「あら、私はぜんぜん、疲れてないわよ」
「ならいったい何故、」
「ね、ロザ、お腹空かない?」
「……おなか、」
「下区の商業街にね、おいしそうなレストランが出来てたのよ。ちょうどお昼どきだし、ね、今から一緒に行ってみましょう」
「待ってください、人の話は最後まで、」
「レンがいればなあ、三人で行けたのにね。早く任務から帰ってこないかしら」
 イゴリダは人の話を聞かない。それも、わざと、こちらの言葉を遮るように話す、腹立たしいことに、私に対しては特に。
 私はちらりと机の上を見た。もうすぐ片づく書類の山、次に控えている、報告書の束……。
「ほらっ、早く行かないと、食べそびれちゃうわよ!」
 イゴリダが立ち上がり、私の手を取った。ひょい、と、浮き上がるように軽々と立ち上がらされる。
「さ、行きましょ」
 そういってまた笑い、さっさと部屋から出ていく、その背中は、私がついてくることを、まったく疑っていないようで、もう、どうしようもない、私はやっぱりいつものように、仕事を置いて、その背中についていってしまうのだった。



 私とイゴリダがそろって店に入ったことで、店内は少し騒がしくなったが、黙々と食事をしているうちに、人々の関心は、私たちから逸れていった。
「うん、おいしい。何かデザートも頼もうかしら」
「……そうですか」
「あなたはおいしくないの?」
「おいしいですよ。とっても」
 私はイゴリダの食欲に圧倒されつつも、食事を口に運んだ。
「ああ、やっぱりいいわね。明るい時間に、こうして、素敵なレストランで食事ができて……」
 イゴリダは独り言のような調子で言う。
「いろんなものから逃げてた時には、想像もできなかったな……」
 私は、反応に困った。同情するのも違う気がするし、かといって、励ますのも違う気がする。だが放っておくのもためらわれて、なんとなく、フォークを止め、イゴリダの顔を見た。
 イゴリダは、すべてお見通し、と言いたげな顔で私を見ていた。
「ふふ。ロザって、やさしいわよね。あなたのそういうところ、好きだな」
「からかわないでください」
「あら、本心よ。ねえ、だから、これからも、いっぱい私のわがままに付き合ってくれる?」
 そう微笑むイゴリダの顔が、ほんのすこしまぶしくて、私は思わず目を細めた。討伐する敵として対峙していたのが、まったく嘘のように、イゴリダの顔は優しく、私の心は穏やかだ。
「……まあ、私に、できる範囲なら……」
「ふふっ!もう、ロザ、あなたって、本当に分かりやすくて、かわいいわ。あ、これ、馬鹿にしてるわけじゃないわよ。ほんとうに。ほめてるの」
「もう、いいです、そういうことは、心に秘めて置いてください」
「あはは。じゃあね、さっそく、わがまま言っちゃおう。ビッグチョコレートパフェ、一緒に食べてね」
 私が口を挟む暇もなく、イゴリダはウェイトレスを呼んで、そのビッグチョコレートパフェとやらを注文した。名前だけで胸焼けがしそうなデザートだ。
「ああ、素敵。ほんとうに、毎日が輝くようだわ。ふふ。次はなにをしようかしら」
 イゴリダは歌うような調子でそう言った。私は、これからやってくる大きなデザートや、残してきた仕事のことを考えて、気が重くなったが、それでも、イゴリダの明るい表情を見ているうちに、いくらか救われたような気になった。イゴリダが私の顔を見て、目を丸くした。
「あら。笑ってるのね、ロザ。その方が素敵よ」
 そう言って、私の顔をのぞき込み、きらきら光る隻眼で、私の心を射すくめるのだった。


おしまい

2010年10月23日 保田のら







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