おやすみよい夢を



 荒垣さんが死んだ次の次の夜、おれは真田さんが心配で深夜にこっそり自分の部屋を抜け出した。斜め向かいのドアをそっとノックをする。「真田さーん、起きてます?」けれど返事なし。今度は少し大きめの音でノックをした。それでも反応なし。もしかしたら部屋にいないのか?それともなにかひどいことが起きてるのか。そう思うと急に不安になってきておれは心の中でごめんなさいを言ってから、そっと真田さんの部屋に入った。
 予想に反して真田さんはベッドで眠っていた。
 おいおいふつうに寝れてるじゃん、おれは気が抜けて床にへたり込む。ちきしょうすやすや寝やがって、と思い、そしてふと、えっ真田さんが寝てんのっておいしいんじゃ、と気づいた。当たり前だがこんな深夜にこの人の部屋に入ったことなんてない。そしてこれからも、まあないだろうな。うわあこりゃラッキー。おれは足音を殺して真田さんのベッドに近づいた。
 真田さんの寝息は浅くて不規則だった。この人これでちゃんと眠れてんのか。おれは不安になった。一度起こした方がいいのかもと思っていたとき、真田さんが寝返りを打った。そして何かうなった。寝言か?おれは耳をすます。これでシンジとか言われたらおれはきっと涙が止まんないな。
「……き、みき、」
 みき。真田さんはそう言った。みきって、木の幹のみきじゃないよなもちろん。たしか昔に死んだらしいこの人の妹の名前だったと思う。それにしてもろくな夢を見ていないようだった。やっぱり起こした方がよさそうだ。
「真田さん」
 おれは真田さんの背をたたいた。ひどい寝汗だ。よっぽど嫌な夢らしい。おれは強引に真田さんの体を揺さぶる。
「真田さん!真田明彦!」
 耳元で名前を呼ぶと、真田さんはまた何かつぶやいて目を開けた。
「……ば、か、早く逃げろ」
「え?」
「もうすぐここも燃える、早く……」
「ちょ、真田さん、落ちつい」
「美紀、美紀は……」
 真田は体を起こして周りを見渡した。そして黙った。しばらく何も言わなかった。身動きすらしなかった。
「……真田さん、だいじょぶっスか?」
「……」
 真田さんは何も言わずに息を吐いた。それは細かく震えているようだった。そして唐突におれにもたれかかった。おれはぎゃあと叫びそうになるのを必死に抑えて、大丈夫スかともう一度聞いた。
「……大丈夫じゃない」
 真田さんはおれの胸に顔をこすりつけた。
「昔の夢、スか」
「ああ……」
 真田さんの声が直接胸に反響しておれはぞくぞくした。この人すげえよ天然だよほんとに。あっさりこういうことを(しかも無意識に)やってのけるんだからすごい。
 おれは今すぐこの人の背中に腕を回してぎゅうと思い切り抱きしめたかったけれど、それをしてしまうと真田さんが嫌がって離れてしまう気がしたから我慢した。それにおれの胸に自分から突っ伏す真田さんなんて!そんな!今見ている光景はまさに永久保存版だ。
「今度こそ美紀を助けようと思ったんだ」
「夢の中で…?」
「ああ、そうさ」
 ぐちゃぐちゃしたよくわからん夢だったよ、と真田さんは少し笑った。
「場所はおれたちがいた孤児院なのに、おれとシンジは今の姿なんだ。美紀だけ子どものままで……」
「夢ってそんなもんっスよね。見てる間はつじつまあってないことに気づかないし」
「そうだな。……ふっ、夢の中でもシンジに殴られた。おれのことはどうでもいいから美紀を助けてやれ、ってな」
 真田さんは体を起こした。胸にあった体温が急になくなって、おれはそこに穴が開いた気分になる。もうちょっともたれてくれててもよかったのに。
「……そういえばお前、なんでおれの部屋にいるんだ」
「えっ。い、いやあ、先輩のことが心配で……」
 半分本当で半分はやましい嘘だが、真田さんはまるっきり信じたのかこちらが申し訳なくなるほどのやさしい笑みを浮かべた。
「そうか。すまないな、心配をかけて」
「いっ、いいえ、全然……」
「お前が来てくれてよかった」
 この人は時々人の話を聞かないが今もそうだった。なんだよその殺し文句は。おそろしい、ああおそろしい。おれみたいな単純な人間は一発でマリンカリンだよ。
 おれは取り返しのつかないことになるまえに、そそくさと真田さんの部屋から退出した。自分の部屋に戻り、ベッドに寝転ぶ。さっきの真田さんの荒い息遣いや、甘えるようにおれの胸につっぷしていたのを思い出して興奮して、興奮を冷まして(……)から眠った。今度は真田さんもいい夢を見ますように。もちろんおれも。

おしまい


2006年8月13日 保田ゆきの






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