ぼくのいのちをぼくはみえない!




 荒垣が死んで数日がたったあと、天田がお茶を飲むために寮の台所に入ると、中で風花がうずくまっていた。
「風花さん!」
 あわてて駆け寄る。そして、風花が泣いていることに気づいた。しゃがみこみ、両手で顔を覆って大泣きしている。
「……どうしたんですか?」
 天田はどうしていいかわからず、自分もしゃがみこんでそう聞いた。風花は何度もしゃくりあげ、胸を震わせ、ようやく細い声を出した。
「り、料理の練習を……しようと思ったの……」
「練習?風花さんは練習なんかしなくたって、上手じゃないですか」
 励ましのつもりだった。しかしそれを聞いたとたん、風花はますます泣き出した。天田はうろたえて、ごめんなさい、と言った。
「ちがうの……あれは、わたしじゃない……」
 風花は涙まじりに言った。
「あのばんごはんは……わたしじゃない……!」
 そして泣きながら、あの夕食の真実を天田に告げた。それはいっぺんに天田の腹にたまり、体中を暴れまわり、手を震わせ、思考を停止させた。
「やっぱり、あのときにみんなに言えばよかった、ううん、最初に断ればよかった、だってもう、もう、みんな、荒垣先輩にありがとうも言えないんだよ……」
 風花の涙は止まらない。天田は放心したまま台所を出た。ゆっくり階段を上っていく。二階の椅子に座っていた順平が、おいどーした、と声をかけてきたがそれにも答えず、天田は自室に入った。
 そのままベッドの上で丸くなった。
 あらゆる意味で生かされていた自分の体が、今は逆に重く、苦しかった。




 しばらくたった後、真田が静かに部屋に入ってきた。ベッドの側まで来て、天田、と声をかけてくる。
「山岸から全部聞いた」
 ベッドのスプリングが上下にきしんだ。真田がベッドの上に座ったらしい。
「シンジのやつ、馬鹿だな」
 淡々とそう言い放つ。さすがにそれは聞き逃せなくて、
「僕はそうは思いません」
と天田は返した。
「そうか?ならそうかもな……」
 真田は苦笑する。
「きっとあいつにとったら、どっちでもよかったんだ。ただ、お前がちゃんとした晩飯を、みんなと一緒に食うことが大切だったんだ……」
 それを聞いた天田は、ますます丸まった。ひどい人たちだなあと思う。本当に。
「山岸は本格的に料理の練習をするらしいぞ。いつか本当に自分で作った夕食を、おれたちにふるまってくれるんだとさ」
「……そうですか」
 天田はさっきの風花の涙を思い出していた。あんなに大泣きしていたのに、もうそこまで立ち直ったのか。えらいな、すごいな。天田は駄目だった。
「ぼくだって、こんなふうに丸まってる場合じゃないって、わかってるんですけど、でも、悲しくてどうしようもないんです」
「うん」
 真田の相槌はやさしかった。丸まっている天田の背に手を置き、おれも悲しい、といった。
 荒垣の作ってくれた料理は、天田の血となり肉となり骨となったのだろうが、それよりも、自分を心配してくれる人がこんなにも身近にいたこと、やさしさがそばにあったことの方が、天田にとっては重要だった。
 最後の最後までぼくの知らぬところでぼくをいつくしんでくれた荒垣さん。
 天田はようやく、自分の目から涙が出るのを感じた。とめどなくほろほろとあふれ続ける。自分の背に置かれた手は、置かれているという感覚を失い、なんだか自分の体の一部のように感じてくる。
 そのまましばらくじっとしていた。
 真田は何も言わず、ただ天田のそばにいた。

この一生だけでは辿り着けないとしても
命のバトン掴んで   願いを引き継いでゆけ

おしまい


冒頭と文末の歌詞は中島みゆきさんの「命のリレー」から引用しました。
とてもいい曲です。ほんとしみる…中島みゆきさまは神です。

2006年8月26日 保田ゆきの






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