もう冬はこないね 土曜日、真田が半日の授業を終えて寮に帰ると、建物の裏から誰かが出てきた。髪をひとつにくくり、タオルを巻き、手に軍手をはめ、雑草まみれの間抜けな姿をしたその男は、他でもない彼の幼馴染、荒垣だった。 「おかえり」 荒垣は袖で汗をぬぐいながらそういった。真田も思わず、ただいまと返す。 「何やっていたんだ?そんなかっこで……」 「ああ?」 荒垣は、見れば分かるだろ、というニュアンスで首を傾けた。それから淡々と、 「草抜き。」 と、言い放つ。 「草抜き……」 「おう。ひと夏こえて、ここの草も伸び放題だからよ、ちょっと手え入れてやろうと思ってな」 「草って、ここの草なんか知れてるだろう。脇と裏にちょっと生えてるだけじゃないか」 「だからなおさら、見苦しいんだよ」 荒垣はそういって肩を回した。そして真田に向かって、 「荷物置いたらアキも来い」 と言った。さっさと建物の脇に入り、それから振り返って、軍手忘れんなよ、と怒鳴った。 言われるままに軍手をはめ、寮の裏に回る。たしかに雑草は見苦しく伸びていた。しかもずっと放っておいたせいか、根深い。全部抜き終えるころには、指にまめが出来そうだと、真田は苦笑した。 荒垣は黙々と草を抜いている。もともとこういう作業が嫌いではないんだと思う。見た目に反して小まめな男なのだった。真田は見た目どおり大雑把な性格だから、そんな荒垣を尊敬している。 「9月だってのに、暑っちいな」 荒垣はそういいながら、流れ落ちる汗をぬぐった。 「まだ9月だ」 「寒くなんのはこれからか……」 「どうせすぐに冬が来るさ」 真田もそういって汗をぬぐう。そしてふと荒垣の手を見た。彼の手は、乾燥にひどく弱い。冬になるとよく荒れた。孤児院にいたころは、水を使う当番が荒垣に回らないよう、冬場になるたび苦心したものだ。 風呂上りにハンドクリームを塗りこむ荒垣の姿は、母親のイメージと重なった(といっても、母親の具体的なビジョンはない)。美紀がときどき荒垣に頼んで、ハンドクリームを分けてもらっていた。すべすべになればいいな、なんて言って。 「……手ぇ止まってんぞ」 荒垣の声で我にかえる。真田は、すまん、と言って再び草抜きを始めた。 「冬か……」 荒垣の声は妙にしんみりしている。 「ゆううつか?」 「まあな」 寒さと乾燥は天敵だ、と荒垣は冗談めかして付け加えた。真田も少し笑った。 笑いながら、きっと同じことを考えていた。 本当にふたりで冬を迎えられるのか? お互い、いつ死んでもおかしくない境遇に、身を置いているのだ…… 「あれっ?先輩たち、なにやってんスかー?」 そのとき、順平がひょこりと顔を覗かせた。二人はハッと顔を上げる。 「順平、おまえも手伝ってくれ!」 真田は大声で言った。場の空気をとりなすように、少し無理をして。 「軍手はめてこいよ!」 荒垣も声を張り上げる。いっぺんに言われた順平は、ひどく慌てながら、「ハ、ハイ〜!」と寮の中へ駆け込んでいった。 おかしくて二人は大声で笑いあう。それからまた汗をぬぐい、 「ったく、それにしても、ほんとうに暑っちいな……」 と荒垣は言った。 冬が来ることなんて、すこしも信じられないほど、本当に暑い日だった。 おしまい 2006年10月22日 保田ゆきの |
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