気づけば血まみれ 血のにおいがした。順平が脱ぎ捨てたと思われるシャツからだ。おれはその匂いにくらくらした。ボクシングの試合を思い出す。ひたすら相手を負かすことしか考えないあの瞬間。ひどく乱暴で鮮烈な感覚。 順平に押さえつけられた肩が痛い。普段なら肩や腕には触られるのもいやだが、いまは順平の気迫に圧されていた。 「おれだって、自分で、下らねーって思うスよ、でも、むしゃくしゃしてて、どうしよーもなくて」 順平はおれに馬乗りになりながら懺悔を始める。 「あんな、命賭けるとかなんも知らないやつらに、馬鹿にされたら……荒垣さんとか、チドリのことまで貶された気分になって、すっげーむかついて、絶対ゆるさねえ、って、それしか考えられなくて」 「叩きのめしたのか?ペルソナの力を借りて?」 「……単純に、持久力と腕力が、欲しかった」 気がついたら血まみれっす、順平は薄く笑った。おれは何も言わずに順平を見つめた。電気がついていない部屋は薄暗く、順平の表情もはっきりと見えない。 おもむろに、順平の体に触れた。Tシャツの上から傷を探す。思ったとおり、どこも怪我していなかった。脱ぎ捨てたシャツについている血は、順平のものではないらしい。 おれの意図を汲んだのか、順平はおれの手を掴み、傷なんてないでしょ、と言った。 「あれは全部返り血なのか?おまえ、まさか、相手を死なせてないだろうな?」 「当たり前っすよ!喧嘩は喧嘩なんで。あいつらの血みて、急に醒めて、なんか怖くなって自分のシャツ脱いで拭ってやったんです」 血が止まるまで怖くて逃げられもしませんでした、順平はやっと本来の表情でそう言って笑った。 「馬鹿だなあ、おまえ……」 おれもつられて少しだけ笑う。あまり責める気にならないのは、順平が喧嘩をしたらしい「あいつら」という輩に、もし自分が出会っていたら、きっと同じように叩きのめしただろうと思うからだ。 「あ、でも、おれも怪我してるとこありますよ」 「うん?」 「舌……」 自分で噛んじゃって。順平はそういいながら静かに唇を寄せた。血の味はしなかった。唇が離れたとき、順平が苦笑しながら、ピリピリする、といった。 そのまま首もとに顔を埋められ、おれは怯んだ。 「よせ。そういうつもりで来たんじゃない、」 「何スかね、たぶんおれ、気が立ってるんですよ。妙に興奮してて……」 そんなの知るもんか……おれの呟きは聞き入れてもらえなかった。腰骨のあたりがじんわりと痛痒くなる。おれは目を閉じ、深呼吸をした。不意に順平に抱きすくめられたとき、また、かすかに血の匂いがした。 おしまい 2006年12月17日 保田ゆきの |
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