おれは、ずっと、叫んでいたんだな。今になってそう思う。ここです、ここです、ここにいます。ずっと言い続けていたんだ。伊織君はどこって、誰も聞いてくれなくっても、ずっと、ここにいるって、馬鹿みたいに訴えていたんだぜ。


 チドリが死んだ。荒垣サンが死んでまだそんなに経っていないのに、また一人死んでしまった。死ぬってなんなんだろう。言葉だけが上滑りしていて、なかなか実感が湧かない。
 しばらく学校へ行けなかった。寮にも戻りづらかった。まるであの時の天田みたいに。元気出せよって言う言葉が、いかに無意味か、おれはよくよく身に染みた。
 あまりに塞ぎこんでいるおれが心配になったのか、ある夜、おれの部屋に真田サンが訪ねてきた。
「順平、入るぞ……」
 おれの返事も聞かずにドアを開けるのが真田サンらしかった。真田サンの筋肉の中には、自信と天然ボケがぎゅうぎゅうに詰まっているのだ。だから何をしたってそれは真田サンだから仕方ない。
 真田サンはまっすぐおれに近づき、隣に座った。ベッドが大きくきしんだ。
「おまえ、あんまり寝てないんじゃないか?顔色が悪いぞ」
「そーっすか?」
 おれの言葉はすらりと出た。おれの気持ちの上澄みだけを掠めて、薄く、軽く、心に触れないように、斜め上を飛んでいる。多分おれは笑っている。おれの全身が総動員でおれの心を守っていた。
「彼女のことは、残念だったな」
 おれの防御なんて完全に無視して、真田サンはそう突いた。一気に血が噴き出す。おれは歯を食いしばった。
「……や。もう、大丈夫っすよ、ほんと……」
「大丈夫には見えないが」
「そりゃ、かんぺき立ち直ったとは言えないッスけど。まあ、でももうどうしようもないことぐらいおれ自身分かってるんで」
 ぺらぺら、ぺらっぺらの言葉を紡ぐたび、おれはむかむかした。真田サンにまっすぐ向き合うでもなく、チドリの死を受け止めるでもなく、つらいことを、なかったことにしようとする、おれの弱さに腹が立って仕方ない。
 真田サンはしばらく黙り込んだ。その表情を見るのが怖くっておれはずっとうつむいていた。時間よ過ぎろ。真田サン、自分のお部屋で眠る時間ですよ。そんな気持ちで。

「お前の命が……」
 それは自分の耳を疑うほど、か細い声だった。
「お前の命が助かったとき、どれほど嬉しかったか……」
 おれはそっと真田サンの表情を伺った。真田サンは眉根を寄せ、苦しそうな顔をしている。
 そして、ぼろっと涙が一粒、零れ落ちた。
 反則だよ真田サン、少女漫画じゃあるまいし。おれは体を起こして真田サンを真っ直ぐ見た。真田サンははっとして乱暴に涙を拭う。
「彼女がああしてくれなければ、お前が死んでいた。なあ、これは、おれにとって、すごく大事なことなんだぞ……」
 今度は真田サンがうつむいた。多分、泣いているんだと思う。小刻みに揺れる肩が心細い。でもおれは、真田サンの首ばかり見ていた。白くてほっそりとした、色っぽいうなじだった。
 すごいなあ、こんな人が、おれのためにこうして泣いてくれるなんて。
 誰からも相手にされなくて、相手にしてくれよとアピールばかりしていたおれ、スタイルばかりで中身のないおれのために、泣いてくれる人がいる……。
 おれは真田サンの肩にもたれかかった。すぐに真田サンの腕がのびてきて、おれをぐっと抱きしめてくれた。
「おまえ、おまえが、生きててよかった、」
 真田サンがしゃくりあげながらそう言った。荒垣サンもチドリも死んだのに、おれは生きている。ああそうだ、おれはずっと後ろめたかった。おれが死んだほうがよかった、みんながそう思ってるんじゃないかと、心配だったのだ。
 真田サンの腕はあたたかい。おれは恐る恐る聞いてみた「おれは、ここにいて、いいんスかね」すぐに怒ったような返事が返ってくる。
「当たり前だ!おまえは、ここにいる、ずっとだ!」
 ああ、真田サンからいいにおいがする。血が巡り、細胞が分裂し、新しい組織が生まれるにおい。おれはたっぷり息を吸った。すると馬鹿みたいに震えているのに気づいた。ああおれも泣いているのだ。これはおれの産声なのだ。


おしまい

2007年3月1日 保田ゆきの

冒頭の○○くん、○○くんはどこでしょう、ってやつは、よく保育所とかでつかう歌です






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