その1


01.転校生
 小学生のとき、いちど転校したことがある。あんまり覚えてないが、友達を作るのに苦労した気がする。新しい土地の人間はみんな幼稚で馬鹿に見えた。それに迎合することは、自分のレベルを落とすようで、腹立たしく、悔しかった。けれどおれは、へらへらと笑い、牙を引っ込め爪を引っ込め、腹を見せ、その裏でひたすら勉強していた。ドッヂボールも鬼ごっこも草野球もサッカーもくだらねえことすべて仕方なしに付き合いながら腹の底ではやく大人になりたいと思っていた、ような気がする。




02.夢
 酔いつぶれて眠っている堂島さんのいびきが止まり、おいおい無呼吸症候群かよと、おれが顔を覗き込むと、穏やかな寝息の合間に、ぶつぶつ何かを言っていた。
「ね、寝言…。漫画か。」
 寝ている人間に突っ込む自分もどうかと思うが。しかし何て言ってんだろうな。おれは耳を澄ます。
 …した、
 ……はい、…、はい……。
「通話中か!」
 やっぱり突っ込む。だれか目上の人と話しているんだろうか。夢ん中で。もしかしたら、若いころの夢でも見ているのかもしれない。先輩の刑事と組んで、ひたすら従って、足が棒になるまで歩き回って、耐えて、追って、3歩進んで2.9歩下がるような毎日が、堂島さんにもあったのかな?
「夢のなかでも仕事か。やってらんないなー。」
 と、おれは言ったが、そういえばおれだって、仕事の夢はよく見るのだった。くっだらねえ。




03.ペルソナ
 ペン回ししてたら調子に乗りすぎて床に落とした。拾うのもめんどくさくて放っておく。
 ルパン三世のアニメを見て、次元の渋さに惚れるが、おれは一生かけてもこうはなれねーなと絶望する。
 そんな風に下らない休日を過ごして、ふと、冷蔵庫が空っぽだってことに気づき、
 なけなしの金をはたいてキャベツを買いに行こうとしていたら、堂島さんちの甥にあった。
「なんだ。それだったら、うちで食べていきますか。」
「んー、いいの?いやー悪いねーいつも。」
「ていうか、一つ聞いてもいいですか?」
 くびを傾げるおれに、甥っ子は、言葉を続ける。
「そもそも、冒頭がはら立つんですけど。もしかして縦読みですか?この話。」
 だってさ。
 なにちんぷんかんぷんなこと、言ってんだか。




04.シャドウ
 おれのこと、襲ってこないんだってさ。仲間だって、思ってんだってさ。この気味悪い化け物どもは。
 ためしに、おれは、シャドウの前に立ち、そしてうやうやしく跪き、「ぼくのこと食べていいよ。」と言ってみた。好きにしていいよ。どーせくだらねえ命だし。
 だがシャドウは、おれの言葉なんて初めからなかったみたいに、なんのペースも乱さずに、おれの横を通り過ぎてった。
「てめえ、」
 おれは逆上した。後ろからペルソナを使って攻撃する。シャドウは吹っ飛んだ。
「おら、どうした。やり返して来いよ。おれを無視すんじゃねえ、」
 みっともない金切り声だ。自覚するが、この世界じゃそんなことはどうでもいい。
 吹っ飛んだシャドウは、こちらを向いたが、何も見えていないみたいに、うろうろと体を動かし、またどこかへ行ってしまった。
 おれは、その場にうずくまった。嗚咽を堪えてじっとしていたが、肩を叩いてくれる者など誰一人いなかった。




05.ベルベットルーム
「行った事ないよ。そんな所。だいたいね、君だけだろう。君の仲間でさえ行ったことないのに、なんでぼくが行けるんだよ。え?車?ルームって言うかリムジン?はあ、そうですか…。どうでもいいね。どーでもいいよ。それより堂島さん元気?まあ元気だよね。え?伝言なんてないよ。ないって。ちょっと、その気遣いすごく腹立たしいんだけど。なに笑ってんの?気色悪ぃ。もーいいよ。早く帰って勉強しな。ガキはおうちにかえる。なっ。」




06.雨の夜
 窓から外を眺めながら、ふと、今頃転がっているであろう死体に思いを馳せる。かわいそうに、雨に濡れそぼり、孤独に、転がっているのだろうなあ。見つかったら見つかったで、野次馬どもの中で晒し者にされ、辱められ、そんな扱いされちゃ、死んでも死にきれないよなあ。
 でも安心しな。
 やまない雨は、ないんだぜ。
 明けない夜も、ないんだぜ。
 明日は晴れるさ。だから安心して孤独に転がりな。

 そこまで考えて、僕は吹きだした。青春映画かよ。ごっこ遊びもたいがいにしろよな。
 雨の夜、自分の行為を悔いることなんて一片もない。




07.マヨナカテレビ
 またかよ、って、きっと言われるんだろうな。
 よりにもよって、またそれかよ、くだらねえ、なんつって。
 なんだか、思い返してみると、そういう反応ばかりだな。ぼくが関わってきた人たちは。
 かなしくなるくらい、そういう反応。足立くんすごい!なんて言われたことねえよ。
 テレビをつけようかと思ったが、夜中に面白い番組がやっているとは思わなかったので止めた。
 レタスだと思って買った野菜はキャベツだったし。
 びっくりするくらいに、毎日が、下らないしつまらないし退屈で、

 ああほら、縦読みしたやつが言うぜ。またかよ、ってさ。




08.テレビの中
 酔っ払った堂島さんを支えながら、堂島さんちに行った。ちょうど、パジャマ姿の菜々子ちゃんが、大きなあくびをしていた。
「おかえりなさい。」
 と、言ってくれたけれど、またすぐにあくびをする。
「寝たほうがいいよ。」
 堂島さんの甥っ子が、そう言って奈々子ちゃんを寝室へ連れて行った。その間堂島さんはむにゃむにゃなにかを言っていたが、結局目を瞑ってうとうとしだした。
 不意に足がもつれて、体が傾く。
 堂島さんが居間のテレビにぶつかりそうになり、僕は、
 自分でも信じられない必死さで、それをかばった。
 大きな音が鳴り二人で床に倒れこむ。何を馬鹿なことを。僕は鼻で笑った。こんな小さなテレビにぶつかったところで、むこうに落ちてしまうわけない。なんて馬鹿。しょうもない。
「大丈夫?」
 甥が寝室から出て来てそう言った。僕はへらっと笑って、
「もー、まいっちゃうよなあ。堂島さん、ふらふらだよ。はやいとこ、布団につっこんじゃおう。」
と言った。
 心臓はまだ痛いくらいに早鐘を打っている。




09.霧
 霧の朝。堂島さんと二人で歩く。今までのパターンどおりなら、きっと死体が出てくる。そういう読みで、ひたすら町を見て回る。
「朝は冷えますねー。」
 僕はそういって、手に息を吹きかける。堂島さんもポケットに手を突っ込み、
「まったくだな。なにが悲しくて、朝っぱらから死体を捜さにゃいかんのだ。どうせなら、生きている人間を捜したい。」
「犯人、目星もつきませんね。」
「……。」
 黙り込む堂島さんの苛立ちが伝わってくる。この人が、いつか真相を知る日は来るのかな。そのとき自分はどうしてるんだろうな。
 きっとびびって泣いてるか、開き直って笑っているか、どっちかだろう。自分のクソっぷりは自分でよく分かっている。
「それにしても、寒ぃな…。」
 堂島さんがそう言うのと、堂島さんの携帯が悲しく鳴るのは、ほとんど同時だった。




10.連続殺人事件
 真由美が死んだ。死んじゃった!誰だよ、真由美を殺したやつは。冗談じゃねえぞ、ぼくの可愛い真由美を。くそったれ。信じられねえ。今すぐ出て来いよ、ぶっとばしてやる。
 なんて、ゲロ吐きながら、そんな小芝居を頭の中で繰り広げ、精神の均衡を保っていたとき、まさか殺人事件が連続殺人事件になるなんて、ぼくは思ってもいなかった。
 世界中の誰より、連続、という考えに遠かったのはぼくだろう。
 人生どう転がるか分からん。
 こんなクソ男のせいでほんとに死んじゃった女たちは、ほんとうにかわいそうだね。






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