夜も安眠


「お疲れクマー」
 バイトを終え、缶ジュースを飲みながら一息ついていると、うしろから陽気な着ぐるみに声を掛けられた。バイト終わったんなら中身のほうで来いよ、と突っ込みたくなったが、どうでもいいといえばどうでもいいので、特に何も言わなかった。
「おつかれさん」
 陽介は笑って、ひらっと手を上げた。
「あっ、ヨースケ、ジュースのんでる。いーなー」
「なんだよ。お前も自分で買えばいいじゃん。ちゃんと小遣い渡してるだろ?」
「クマね、お財布、忘れてきちゃったの。よよよ」
 よよよ、とか言うな、きもちわるい。陽介はクマの頭を小突く。
「疲れたクマー…ああー…疲れた…クマ…」
「ったく、わぁったよ!!買ってやるから、さっさと選べよな」
「やったー!ヨースケ、ふとっぱら!!えーっとねー、どれにしよっかなっと」
 クマは喜んで、自販機の前に立った。その後姿を見ながら、こいつもすっかりこっちに馴染んだなあ、と陽介はぼんやり思った。


 とりあえずクマを自分ちに引き取る、と仲間に言ったはいいものの、陽介は途方にくれた。友達を泊める、のとは訳が違う。クマを自分の家で暮らさせるためには、それなりの理由や準備が必要だった。
 まず親だ。
「こ、こいつ、俺が前からパソコンで文通してた、外国の友達なんだけどさ、なんか日本のことを勉強したいらしくて、しばらくこっちに長期滞在するんだけど、もしよかったらさ、うちに置いてやってもいいかな?部屋は俺の部屋いっしょに使うし。それでさ、もし、もし、よかったら、ジュネスでバイトさせてやってほしいんだ、だってこっちに居るのも金かかるしさ、それにこいつ、すごい可愛い着ぐるみ持っててさ、中に入って動くのも、すっげー上手いんだよね、だから子どもも喜ぶと思うしさ。接客とかは俺が教えるし。だからその、急で悪いんだけど、今日から、よ、よろしく」
「クマです!よろしく!!」
 しどろもどろで話す俺と、陽気な金髪の美少年・クマを、両親は目を丸くしながら見ていた。そして若干おびえた様子で、あ、よろしく…、と笑っていた。
 まあ、これで親はどうにかなった。それさえクリアできれば、後はゆっくりでいい。
 なんせクマは、こちらのことを何も知らない。すべてが初体験。食べ物、家電の使い方、生活様式、そのほか、全部、全部、これでもかというほど、いちから教えていった。
「へー。なるほどなー。ヨースケは物知りクマねー」
 こいつがなるほどなーとか言ったらむかつくのは俺だけか?ともかく陽介は根気よく教えてやった。
 夜。
 ベッドと床に布団を敷いて、いちおう、どっちがいい?とクマに聞いた。
「高い方!」
と、クマは無邪気に陽介が使っていたベッドを指差した。
「あっそ…」
 まあどちらでもいい。陽介は素直にクマにベッドをやり、自分は布団にもぐった。
「じゃ、オヤスミ。明日は学校休みだけど、お前は俺と一緒にジュネスに行って、バイトだかんな」
「わかったクマ!」
 おやすみクマー、とクマが言ったのを聞いて、陽介は部屋の電気を消した。
「わーーーっ!!」
 その瞬間、クマが大声を上げた。
「ど、どうしたぁ!?」
 慌てて陽介は電気をつける。クマは布団を握り締めて、おろおろと狼狽していた。
「どうしたんだよ、クマ」
「ま、ま、真っ暗クマ」
「っはぁ?そりゃ、夜は電気消したら暗いさ」
「…ヨースケ、は、怖くないクマか?」
「へ?」
「暗いの…。クマは、いま、すっごく怖かった」
 冗談ではなく、真剣な顔でクマはそうつぶやいた。たしかにあっちの世界には昼夜なんてなかったから、驚くのも無理はないが。
「でも、暗くしねーと寝れねーんだよなあ、俺。…そんなに怖かったのか?」
「うーん…。わかんない。びっくりしただけかもしれないクマね」
「そっかあ?じゃ、もっぺん消すか」
 陽介は再び電気を消した。
「…どーだ?」
「…………だいじょうぶクマ」
「ホントかよ…」
 まあ本人がそう言うんだしいっか、と、陽介は布団に入った。いろいろあって疲れたので、すぐにでも眠れそうだった。
 陽介がうとうとし始めたころ、ベッドの上から、かすかに、苦しそうな息遣いが聞こえてきた。
「…クマ…!?」
 慌てて電気をつける。クマはベッドの上で布団に包まって、目を固くつむり、歯を食いしばっていた。
「おい、クマ!!大丈夫か!?」
「う、よ、よーすけ…」
 クマはうっすらと目を開ける。
「や、やっぱり…怖いクマ…なんだか、真っ暗に吸い込まれそうで、もう、二度と、目が覚めないような気がして…」
 ひどく汗をかいている。陽介はクマの顔に張り付いた髪をかきあげてやった。クマは泣きそうな顔で、陽介を見た。
「でも、でも、こっちで暮らしたいんだったら、これに慣れないとダメ…だよね」
「……」
 陽介は何も言えない。クマは陽介の顔を覗き込んでいった。
「ね、ヨースケ、クマ、ヨースケといっしょに寝たい。だめ?」
「ええ?」
「クマ、真っ暗の中にひとりぼっちだと、何かに連れて行かれそうで、それが、怖いクマ。ヨースケお願い!今日だけでいいから、一緒に寝てほしいクマ」
 クマのすがるような目を見ていると、何も言い返せなかった。陽介はため息をついて、「しゃーねえな」と頭をかいた。
「よかったクマ…」
 クマが安心したように笑うのを見て、陽介は、なんとも言えない気持ちになった。

 ベッドでは狭いので、床に敷いた布団に二人で眠ることにした。明かりを消した後、少しの間クマは震えていた。
「大丈夫だって。心配しなくてもな、明日になりゃあ、しんどーい労働が待ってるからさ。あっちの世界に逃げるんじゃねーぞ」
 陽介が冗談めかして言うと、クマは、
「ばんばん稼いで、ジュネスの看板クマになるクマ」
と小さく笑った。そして陽介の手をそっと握り、そのまま何も言わなくなった。しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてきた。
 案外あっさり寝るんだな、陽介は心の中で苦笑して、自分も目を閉じた。




「ヨースケ!お金ちょうだい。ファンタにするクマ!」
 気がつくと、(多分ジュースを飲むために)着ぐるみを脱いだクマが、にこにこと手を出していた。
「…へ?あ、ああ、ジュースだったな、ほれ」
 クマの手のひらに二百円のせてやると、クマはうれしそうに自販機にお金を入れた。
 何だかんだですっかりこちらの世界に馴染んだクマだが、いまだに夜は同じ布団で眠っている。最初のころのような怯えた様子はまったくないのだが、クマいわく、「ヨースケがいっしょだと、よく眠れる」らしい。陽介からすれば、寝ているときに時々蹴飛ばされたり、腕が飛んできたりするので、迷惑な話だが。
 ぼんやりしているうちに、クマはジュースを一気飲みして、缶をゴミ箱に捨てていた。
「ヨースケ、帰ろ!!」
 今日の晩ごはんはなにかな〜、ヨースケママの晩ごはん〜、と調子はずれの歌までうたっている。ばかクマ、恥ずかしいからやめろ!陽介が言っても聞かない。
 にぎやかなクマの後姿を見ながら、こんな生活もいつか終わるんだろうか、とふと考えてしまい、陽介は、柄にもなく、鼻の奥がツンと痛んだ。


END

2008年8月3日 保田ゆきの

かわゆいふたりですな〜






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