遊んでやんよ


「なーおーき!」
 完二の声が外から聞こえた。昼寝をしていた尚紀は、ううんと唸って寝返りを打ち、固く目をつむった。
「なあーおーきぃー!!」
 もっと大きい声で名前を叫ばれる。お前は小学生か!尚紀は心の中で突っ込みを入れた。
「あら、巽さんのところの……」
「あ、ども!おひさしぶりッス」
 母親の声が聞こえたところで、尚紀は跳ね起きた。足をもつれさせながら玄関へ急ぐ。
「おっ、やっと出てきやがったな」
「ったく、うるさいんだよお前は…」
「こら、尚紀、せっかく来てくれたのになんて言い方をするの」
 母親に窘められ、尚紀は舌打ちしたくなった。完二が、いーんスよ!と笑うのを見てますます腹が立つ。
「…なんの用」
 ぶっきらぼうに言い放つと、
「や、暇だからあそぼうぜーと思って」
「だれが?」
「おれが」
「…だれと。」
「だーからオメーとだよ!どうせひまなんだろ?寝てたくらいだし。スンマセン、尚紀借りてっていいッスか?」
 完二は尚紀の母親にそう聞いた。今日は配達もないし、どうぞ、と母親も律儀に答える。頼むから本人の意思を無視して話を進めないでくれ…尚紀はそう思ったが面倒くさくて言う気もしなかった。

 完二について炎天下の道路に出る。急に熱射に当たったので、尚紀はめまいがした。かまわず完二はずんずんと歩いていく。
「……なあ、どこ行くんだ?」
「んー、何も考えてねーんだよな、これが。手芸用品で買いたいやつあるから、それは買いに行くけどよ」
「お前、ずいぶん趣味のこと、オープンになったんだな」
「へへん。先輩のおかげだ」
 完二の趣味のことは知っていた。子どものころ家に遊びに行っては、作品や道具を見せてもらっていたからだ。だが成長するにつれその趣味を嫌うように(というか、恥じるように、か?)なり、今ではもう片鱗さえ見せなくなっていたのに。
「買いに行くって、どこに…」
「ジュネスでも多分買えるけどよ、オメーが嫌がるだろ。だからちっと遠出して手芸専門店に行く」
「いや、それ、一人で行けよ」
 尚紀はあきれてため息をついた。
「……それに、俺はジュネスでもいーよ」
「いんや、専門店のほうが品数多いからおれも助かんだよ」
 とっとと行こーぜ!完二は張り切っていた。こうなると、何を言ってももう遅い。尚紀は汗をふいて、完二の横に並んで歩いた。



 結局電車で沖奈駅まで出て、駅ビルの中の手芸専門店に行った。目を輝かせてあれだこれだと買い漁る完二を放っておいて、尚紀は本屋へ行った。適当に文庫本を一冊買って、あとは漫画雑誌を立ち読みする。
 しばらくすると電話がかかってきて、ようやく手芸屋の買い物袋をさげた完二と合流した。
「やー、買った買った。尚紀はなんか見たいもんとかねーのかよ」
「本屋はいま行ってきた。あとは…メシ?」
「オメー、ほんと食い気ばっかりな!」
 完二はそう言って笑った。尚紀もいっしょに笑いながら、頭の中は何を食べるかでいっぱいだった。そんな尚紀を見透かすように、完二は、よっしゃー食うぞー、と言ってガッツポーズを作った。まったく恥ずかしいやつ。尚紀は自分のことのように顔が熱くなったが、嫌な気はしなかった。




「夏休みももうすぐ終わっちまうなー」
 満腹になった帰りの電車の中、完二が急にそう言い出した。尚紀はいっぺんにゆううつになる。いま自分がいちばんしっくりいかない場所は、まちがいなく学校だろう。
「またあのダルい毎日が始まるのか…」
 思わずそう呟いた。
「なあ尚紀、宿題終わったか?」
「当然。あと読書感想文だけ」
「マジ!?」
 完二は目を丸くする。尚紀は笑いながら、次に完二がなんと言うか、ほぼ百パーセント分かっていた。完二は尚紀の思ったとおりの言葉を口にする。
「頼む!写さして!!」
 ほらな。
 まったく成長しないんだから、この男は。予想通りの言葉に尚紀は呆れる。
「別にいいけど。…でも、条件付。」
「何だァ?」
 顔をしかめる完二に、尚紀は言ってやった。
「お前がウチに来て宿題すること。そんで、毎回なんかみやげを持ってくること。お前が作ったコロッケでいいよ」
「食いしんぼうかオメーは!!」
 完二は尚紀に軽いチョップを食らわせ、高らかに笑った。
「いいぜ、そんくらい。軽い軽い!何ならオメーん家で作って、出来たてのコロッケを二人で食べようぜ」
「あ、いいな、それ」
 尚紀は素直に喜ぶ。こんなことならもっと早くに完二と遊んどくんだった。尚紀がそう思っていると完二は不敵に笑い、
「心配しなくても、夏休みが終わってからだっていくらでも遊んでやんよ」
と言った。
「えらっそーに…」
 尚紀は苦笑する。電車がゆっくりと減速し、アナウンスの声が『次は八十稲羽、八十稲羽…』と静かに伝えた。


おしまい

2008年8月13日 保田ゆきの

完二と尚紀がふざけあったり憎まれ口たたきあったりしてるだけでちょう癒される…
あと尚紀のイメージが大分くいしんぼ寄りになってまいりました






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