尚紀は言った。「さん、もしおれが急にいなくなったら、さん、おれのこと、さがしてくれます?」さがすよ、とは答えた。「本当に?なんの手がかりもなくて、前触れもなくて、迷惑なほど唐突に消えても?」それでもさがすよ。どうした、なにかあった?「いいえなにも。どうでもいいんですけどね。ふーん」尚紀は目を細めた。それが何を意味するのかにはさっぱりわからない。尚紀がまたややこしいこと考えて煮詰まってるなあ、くらいにしか思わなかった。 それくらいにしか思わなかったのだった。 |
ユーファウンドミー 「先輩、尚紀と仲よかったっスよね?」 吹く風が肌寒くなってきたころ、完二がおもむろにそう言った。うん、とは返事をしながら、廊下の窓を見る。日に日に葉が落ち、やせてきた木を見て、もうちょっとしたら肉まんの季節だな、とぼんやり思う。 「尚紀、今日学校来てねーみたいで」 「ふうん。風邪かなんか?」 「や、それなんスけど…」 完二の暗い声に、は驚いて完二の顔を見た。完二は複雑な表情で眉根を寄せる。 「昨日の夜、尚紀の母ちゃんから電話あって。すっげー心配そうな声で、尚紀がどこにいるか知らないかって聞かれて…」 「…家に帰ってない?」 「みたいっす」 完二はため息をついた。「別に、今までも、連絡せずに友達んちとか泊まることはあったらしいんスよ。ただ、尚紀の姉ちゃんが…あの事件、に、巻き込まれてからは、なかったらしくて。尚紀の母ちゃんも、姉ちゃんの事があるから、めちゃくちゃパニクッてて…」 聞きながら、は数日前に尚紀が言っていたことを思い出していた。何度も何度も思い出していた。 「昨日も今日も晴れてっから、マヨナカテレビも見れないし、でもまあそれ以前に、単に家出っつか、ふらーってどっか行ってるだけかもしんないですけど…おれ、すげー怖くて…」 完二の声は震えている。の頭の中で、尚紀の言葉が響いた。おれのこと、さがしてくれます?あの冗談交じりの軽い声音。ふーん、と言って、細められた目。 心臓が激しく鼓動を打つ。心細さに取り乱しそうになるが、完二の心配そうな目を見てぐっとこらえた。 「…尚紀をさがそう。完二も手伝ってくれ」 「ウッス!!」 は何の躊躇もなく学校から飛び出した。完二もそれに続く。後ろから、二時間目の開始を知らせるチャイムが聞こえてきた。 まず尚紀の家に向かった。小西酒店は閉まっていた。何の張り紙もしていない。完二が不思議そうにシャッターを見つめる。 「あれっ…。留守ッスね。尚紀の母ちゃんたち、どこに行ったんだろ…」 一応裏手の扉や、勝手口も調べてみたが、すべて鍵が閉まっていた。インターホンを押しても応答はない。 「もしかしたら、警察とかに行ってるかもしんねースね。昨日電話でそんなこと言ってたし…」 「とりあえず、ここは後で来よう」 はさっさと見切りをつけて歩いていった。 その後は商店街で一通り聞き込みをした。尚紀はこの商店街でも注目されている存在である(尚紀自身が心底嫌がろうとも)。だから、何か変わった事があれば、必ず誰かが覚えているはずだ。 しかし結局、なんの情報もでてこなかった。出そうになるため息を、落ちそうになる肩を、ぐっとこらえ、は完二に言った。「次、行こう」 完二は黙ってうなづいた。なぜだか、感極まっているように思えるような顔だった。 すっかり日も落ち、冷え込んできた。はかじかむ指先に息を吹きかける。とにかく行ける所はすべて回った。聞けることはすべて聞いた。結果、なんの収穫もなく、進展もなかった。そろそろ切り上げたほうがいいとわかっているものの、身体は尚紀を探すことを止めてくれなかった。歩き続けて、目を血走らせ、何かをしていないと落ち着かない。自分が意識していた以上に、は慌てていた。恐れていた。 尚紀がいない。 もう会えないかもしれない。 ひざの力が抜け、立っていられなくなりそうなほどの恐怖だった、完二が一緒にいなければ、もうとっくにうずくまって震えていた。 「…もう一度…尚紀の家に行ってみよう」 は言った。完二はしばらく黙った後、スンマセン、と言った。 「その前にちょっと、オレんち寄っていいッスか?ちっと野暮用が…」 完二は申し訳なさそうにそう言った。どうせ通り道だしいいよ、とはきょろきょろしながら答えた。 完二の家に寄った。完二は、待っててください、と言って家の中に入っていった。は空を見上げる。寒空に月と星がきらめいていた。見つめているうちに涙が出てきた。乱暴にぬぐっても、ぬぐいきれないほどの涙だった。 「…さん」 静かな声だ。夜空に染み渡るような。が心底聞きたかった声だ。 「尚紀」 は弾かれたように声のした方を見た。心臓が痛い。膝がふるえる。涙が邪魔でよく見えない。は苛々した手つきで目をこすった。 完二の家から、困ったように笑う尚紀が、控えめな足音を立てて出てきた。 「…スミマセンでした。くっだらない事に、付き合わせちゃって」 尚紀はの側に来ると、すぐに頭を下げた。 は小さくなる尚紀を両腕で抱え込んだ。めいっぱいの力で抱きしめた。尚紀が苦しがろうと、何を言おうと、構うつもりもなく。 「スミマセン…」 尚紀は押しつぶされた声でぽつりと言った。それから何も言わなかった。も、あふれる嗚咽をこらえながら、腕がだるくなるほど、ずっと尚紀を抱きしめていた。 「もー、オレはね、最初っからヤメロっつってたんスよ!先輩をだますようなことして、そんなのオメーの自己満足だろっつって。先輩に自分のことさがしてほしいだけじゃねーかって。でもコイツ聞かねーんすよ、バカだから。おれはさんにさがされたいんだよ、って、っまー堂々と言いやがる。でも、コイツがそこまで、自分がしたいこととか、ほしいものとか言うの珍しいんで、まあ、オレも、なんつーか…流されたっつーか。でも、怒るんなら尚紀に怒ってくださいよ!!オレは巻き込まれただけなんスから!!」 は完二の言い訳を苦笑しながら聞いた。尚紀も目を細めて聞き流している。完二はそれにますます腹を立て、バカ尚紀、アホ尚紀、と幼稚に罵った。 「…そういえば、尚紀んち、留守だったけど」 「ああ。うちの両親、旅行に行ってるんですよ。で、おれは昨日、コイツんちに泊めてもらって」 「なー。そんで夜に、この悪の計画が具体的に組まれたんスよ。あー、やだやだ」 ノリノリだったじゃねーか、と尚紀は笑った。確かに完二の演技は真に迫っていた。も感心してうなづく。 「あー、ぜんっぜん嬉しくねえ。じゃ、おれは退散するんで!先輩、ほんとスンマセンっした!!」 完二はそう言って頭を下げ、家の中に入っていった。 と尚紀は、しばらくその場に立ち尽くした。尚紀がそっと、行きましょうか、と言ったのを合図に、ゆっくり歩き出す。 完二の家から小西酒店まではすぐに着く。尚紀は勝手口の前に立つと、の顔を見た。 「…おれ…。へそまがりで、自分勝手で、こんなふうに、下らないこととか…しますけど」 尚紀はから目をそらした。それに対して、は尚紀を凝視する。細かな動作ひとつさえ、見逃すまいと。 「こんなおれでよかったら。これからも、仲良くして…くれます?」 尚紀の寂しそうな顔を見ては気づく。今回のことは尚紀の賭けであり、切実な願いだったのだと。いなくなった自分をさがしてほしい。なりふり構わず駆け回ってほしい。 そして、全部明かしたあとでさえ、自分を丸ごと受け入れてほしい…そんな願い。 はうつむく尚紀のまぶたにキスをした。 「きょう、尚紀んち、泊まってってもいい?」 そう聞く。尚紀は吹きだして笑った。 「さん、なんか怖いですよ。答えになってないし」 そういいながら、くすぐったそうに笑うのだった。 おしまい 2008年8月29日 保田ゆきの 出会ったころの、やたら憎たらしいことを言って、主人公さんの寛容さを試す尚紀と似たようなイメージで書きました。「おれのことなんか、どーでもいいんでしょ」っていう疑いと、「こんなこともあんなこともするおれを、それでも受け入れられるの?」っていう切実な願いと。素直に仲良くなりたいって言えばいいのに。っていう。 あと、尚紀のためにジタバタする主人公も書きたかったので、楽しかったです。 |
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