そんなモンだろ仲直り



 ああ、いったいおれが、何したってんだ!

 目の前には泣いてるクマ、その周りにはおれの中学のアルバムやら、あまり着なくて奥にしまいこんでた服やら、色んなものが散らばっている。泣きたいのはこっちだろ。学校に行ってる間に、自分の部屋散らかされたのは、おれだろ…。そんなことをちらっと言うと、クマはさらに泣き出した。
「泣ーくーなーよー…。せめて、ワケを言え。な?おれ、どうすりゃいいか、わかんないじゃんか」
「うっ、うっ、グス、ひっく」
 クマはしゃくりあげながらおれの顔を見た。そしておれと目が合ったとたんに、また、発作のように息を吸い込むと、うわーっと泣き出してしまった。
 下の階から、ようすけー、と母親が声をかけてくる。陽介、何かあったの?って。
「なんもねー!だいじょぶだから、メシ出来たら呼んで」
 おれはドアから頭だけ出して大声でそう言って、またバタンと閉めた。部屋の真ん中に正座しているクマは、じっと床の一点を見つめながら、気持ちの昂ぶりを抑えようとしている。
 いまおれが声かけたら、逆戻りなんだろうな。
 おれはため息をついた。なんだか、おろおろするのが馬鹿らしくなってきた。もう放っておきゃいいんだ。泣く子に触るな。そういうことだろ。
 おれは、クマが発掘してきた中学のときのアルバムを拾い上げた。ベッド(にも、服やら何やらが積んであったが、もう丸っきり無視してその上に乗ったよ)に寝転んで、なつかしーなーと言いながらぺらぺらページをめくる。都会から来たとかなんだとか言われ続けているけど、中学時代なんて、おぼこいもんだよな。写真に写る、地味な自分や、友達を見て、おれは苦笑する。
「う、よ、ヨースケ…」
 クマが遠慮がちに声を上げた。おれはクマを刺激しないように、「んー」とのん気な相づちをうつ。
「ごめんなさい…」
「散らかしたこと?」
「うん…」
 やけにしおらしいクマ。おれはむずがゆくなった。別にいいって!と明るく言ってやる。
「でもさ、なんでこんなに色んなモン引っ張り出してきたんだよ。なんか探してたのか?」
「ううん。クマね、お掃除しようと思って」
 ようやく涙も嗚咽も引っ込んだのか、クマはつっかえずに話し始めた。
「ヨースケママに言ったら、じゃあヨースケの部屋お願いって言われたクマ」
 おもいっきり厄介払いされてるなー。おれは心の中でそう思って苦笑した。
「んで、おれの部屋掃除してくれたんだ?」
「の、つもりだったクマ。ふだん出来ないような、細かーいところを掃除しようと思って、クローゼットとか、あちこち開けてたら、なんか…」
「色んなモン引っ張り出してみたくなったんだな。ま、分かるけど、その気持ち。おれも大掃除とか、それで手が止まっちまうもんなあ」
 おれがそう言って笑うと、クマもやっと、小さく笑う。
「でもさー」
 おれはふと疑問に思う。
「それだけのことで、あんなに泣いてたのか?おまえ」
「うう、それは」
 クマはうつむいた。クマらしくない、複雑な表情をしている。おれはクマの言葉を待った。クマは、おれを見ないで、小さな声で言った。
「だって、なんか、恥ずかしかったから…」
「…んん?どーいうこった」
「ヨースケの写真がいっぱいのってる本とか、ヨースケが着てた服とか、勝手に引っ張りだして、ひとりで喜んでたのがヨースケにバレて、なんだかよくわからんけど、クマはすっごく恥ずかしかったクマ…」
 ぽつぽつ話すクマの声を聞いて、おれまで赤面してしまった。たしかにそれは恥ずかしいかも。自分がその立場で、不意に相手が帰ってきたとなれば、うわーっと叫んで相手を無理やり部屋から追い出しちゃいそうだ。クマはそうする前に、もうどうしようもなくなって、泣き出してしまったんだな。おれはそう納得してやる。
「や、まあ、いいんじゃね?恥ずかしいのがお前の専売特許じゃん」
「せんばいとっきょってなあに」
「あーだから、持ち味?ってことだよ」
「クマ、恥ずかしいのが持ち味なんだ!?へー、なるほどなー」
 だからなるほどなーって言うな!お前が言うとうざいから!おれはクマに軽くケリを入れた。クマはよよよ、と泣いて、
「クマ、傷物になっちゃった。まだ嫁入り前なのにー」
とさめざめ言った。
「出た出た。クマのサムイ小芝居が。おー冷える」
「…ヨースケ、乗ってくれないクマね…」
 クマがそういい、おれたちは二人で笑った。なんだかようやく、いつもの雰囲気に戻れたようだった(お互い少しずつぎこちなさは感じているが、仲直りなんてそんなモンだろ)。

 気をよくしたおれはベッドから身を乗り出して、クマに言った。
「な、クマ。おれのアルバムとか見たんだろ?」
「見たどころか、ヨースケの写真にチュッてしたクマ」
「!!」
 なんだと!?
「ヨースケの服だって着てみたしー、あとねー」
「あ…ちょっと待って。やっぱりだめだ。きもい」
「えっ!!ちょ、ちょっとヨースケ、さっきの仲なおりは…」
「あれ、ナシ。クマ、今日、晩メシ抜きな」
「ええーっ」
 クマが目をうるうるさせている。うるうるさせんな!おれは理不尽なツッコミを心の中でいれて、クマに背を向け、ごろりと寝転がった。


おしまい

2008年9月6日 保田ゆきの

じゃれじゃれ。






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