純粋なふりをして 尚紀がつぶれてしまった。は酒瓶を片付けながら尚紀の寝顔を盗み見る。尚紀は座布団を枕にして、口をぽかんと開け、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。 「酒屋の息子がそれでいいのか?」 の呟きに、もちろん返事はない。は苦笑して、コップに水を入れて一気に飲み干した。 ああ、堂島も菜々子もいない家は、がらんとして本当に静かだ。寒空の下、鼻を赤くして、白い息を吐き、それでもなぜだか嬉しそうな顔をした尚紀が、酒瓶を持って訪ねてきたときは驚いた。 「親が、さんとこに持ってけって。ね、遠慮なく飲みましょう」 なんという両親だ、とは苦笑したが、それ以上に、尚紀の気遣いを感じ、快くそれを受け取った。どうぞ、と招き入れると、尚紀はうやうやしく靴を脱ぎ、「おじゃまします…」と静かに言った。 「この酒ね、すごく美味いですよ。お燗でも、冷やでも、なんでも美味いです。まあ、いまの季節だったら燗のほうがいいか…。最初はちょっと辛くて、クセがありますけど、案外すいすい飲めるんですよ」 「詳しいんだな」 「まあ、一応、酒屋の息子ですから」 そう言ってはにかんでいた尚紀は、すいすい飲んでしまった挙句に酔いつぶれてしまったのだが。 居間のちゃぶ台を片付けて、来客用の布団を持ってくる。眠っている尚紀の横に敷いて、 「尚紀、風邪ひくぞ。布団敷いたから、こっちで寝ろよ」と声をかけた。尚紀は何かをぶつぶつ呟いて、ううんと唸った。は尚紀の体を少し持ち上げて無理やり布団に転がした。 居間の電気を消し、自分も部屋に行こうとすると、尚紀が声を上げた。 「さん…?」 「どうした?」 暗がりの中、尚紀に近づく。尚紀はむにゃむにゃとよく聞き取れない声で、どこに行くんですか、といったようなことを呟いた。 「自分の部屋で寝るんだよ」 「だめですよ、そんなの…。意味ないじゃないですか…」 尚紀はそう言った。意味がない?どういうことだろう。深読みしそうになる自分を抑えながら、なにが、と聞き返す。 「だってさんがさみしくないように、家に来たのに、そんなのさみしいじゃないですか。いっしょに寝ましょう…」 酔っているのか正気なのか、むしろ純粋にそういっているのか、まあ多分尚紀のことだから、純粋にそう言っているんだろう。はすこし黙ったあと、「いいよ。」と言った。 来客用の布団はひとつしかないので、自分の布団を持って降りてくる。尚紀のそばに敷いて、おやすみ、と声をかけた。 「おやすみなさい…」 尚紀の声は相変わらず舌っ足らずで酔っていたが、調子はやさしかった。ああ、そののどに触れたい。首に触れたい、頬をなでたい。考え出すときりがないので、はぎゅっと目を閉じた。 ふと、布団の中に尚紀の手が入ってくる。の手を探り、見つけるとそっと触れ、 「さんって、案外、純粋ですね…?」 と、いたずらっぽく言った。は、笑いたくなった。尚紀の意図をようやく汲み、ゆっくり、尚紀の布団ににじり寄った。 おしまい 2008年11月2日 保田ゆきの 尚紀のほうが積極的ってゆう。さらに言うなら、落ち込んでいる主人公を励ましたい尚紀の、精一杯の勇気? |
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