あからさまな線引き



 陽介が死んでしまった。クマが殺した。血だまりの中、クマは、震えが止まらず、呼吸もうまくできず、ただただ、陽介だったもの、を見つめていた。
「ヨ…ヨースケ…」
 死んでしまった。本当に?だってクマにはそんな気は微塵もなかった。ただ、じゃれついたつもりだったのに。陽介が好きで、一緒にいられるのが嬉しくって、楽しいなあ、しあわせだなあ、と思って気づけばこうなっていた。
 だって知らなかった人間がこんなに脆い生き物だったなんて!
「う、うう、うああ…」
 クマは泣きながら、陽介にしがみつく。ひどい血のにおいだ。クマの顔も汚れた。どうすればいい?クマはどうすれば。その問いに、自分自身の心の奥底から、明確な答えが浮かんでくる。

 クマの本能、クマという生き物の根底に刻まれている、原始的な行為。
 枷をはずせばいつだってそこにあった、答え。
 陽介たち人間と、クマの、あからさまな線引き。

 クマはしゃくりあげて、涙を流し、血で顔を汚しながら、陽介の顔をのぞきこんだ。くちびる、ほお、すべての柔らかだった部分にキスをして、覆いかぶさり、いつくしんだあと、歯を立てた。

 死んだ相手を活かす方法なんて、クマは、食べるしか知らない。














「いっでええーーー!」
 陽介の叫び声で目が覚めた。クマは目をこする。陽介が顔を押さえて呻いていた。
「ば、ば、ばっかやろう!!クマ、おまえなあ、どう寝ぼけたら、人の顔を噛むことができんだよ!」
「え…?」
「ちくしょう、いい具合に呆けやがって。あー、いってえ…」
 陽介は部屋の明かりをつけて、鏡を覗き込む。クマはまぶしさに目を細め、陽介を見つめた。
「うわっ、くっきり歯型が…。朝までに消えるかあ?これ」
「……」
「ほっぺたなんて噛むなよなあー。ったく。いざとなったら、でっかいばんそうこう貼らねーと」
 パジャマ姿の陽介が、大きくため息をついた。その仕草、息づかい。陽介が生きている、死んでいない、と理解するまでに、大分と時間がかかった。
「…ヨースケ…」
 クマは、涙が出るのをとめられなかった。ヨースケ、ヨースケ!改めて、自分が(おそらく、夢の中で)しようとしていたことのおぞましさに怖気づき、震えた。思わず指をぐっと噛み、震えを止めようとする。
「…ちょ、おい、クマ!」
 陽介がすぐにクマの様子に気づき、そばに来てしゃがみこんだ。
「わ、ばか、自分の指まで噛むなよ。な、怒ってねえからさ。落ち着いてくれよ」
 陽介がやさしくそう言って、クマの背中をさすった。クマはそうっと、力を抜いた。クマが噛みしめていた指には、えぐれそうなほどの歯型が浮かび、血も滲んでいた。
「あー、あー…。」
 陽介はクマの指を見て顔をしかめる。やさしく自分のてのひらでクマの指を包み込み、やんわりと握る。
「…なんか、悪い夢でも見たか?」
 陽介の声は優しい。クマは甘えるように、陽介の胸に突っ伏した。でも、陽介がどんなに優しく聞いてくれたって、絶対に、絶対に夢の内容を言う気はない。クマの奥底にある禍々しい闇を認めてしまう気がするからだ。
「…ヨースケ、ほっぺた、ごめんね」
 クマがそう言って謝ると、陽介は息だけで笑って、クマの頬に唇を近づけ、甘噛みしたあと口付けた。
「これでおあいこな。さ、まだ夜中だし、とっとと寝よーぜ」
 そういって照れ隠しのようにクマを布団に転がすと、さっさと電気を消した。
 クマは、頬に甘いあたたかさを感じながら、二度とあんな夢を見ないですむように祈った。しばらくすると陽介のおだやかな寝息が聞こえてきて、クマも眠りにつく。
 夢は見なかった。


おしまい

2008年11月2日 保田ゆきの

最初のほう、えげつなくてすみません。ゲーム中では「あたしたちと変わんないよ!」って感じに、きれいにまとまっているクマの正体ですけど、やっぱり、禍々しい本能は根底に持っているんじゃないかなあと思ったり、思わなかったり。
あと、陽介が保護者ちっくな、過剰にやさしいお兄やんですみません。そんな陽介が好きなんですよねー

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