あ、泣くぞ。 ぼっちゃんが泣くぞ。 だいたいわかる。ぼくには気配で分かる。そういうときは何を言ったってだめだ。よけいに涙が止まらなくなるから。 何も言えないんじゃあ、ぼくの出番はない。じっと押し黙って、嵐が過ぎるのを待つだけしかできない。 ぼっちゃんは自分の手で口をおおって、う、う、と声をこらえて泣く。声が漏れたらまた馬鹿にされるからね。ぼっちゃんの父親は、もう、ぼっちゃんの父親という役割を放棄してしまっているのだ。 かわいそうなぼっちゃん、まだ十にも満たない歳なのに。 かわいそうなぼっちゃん…… 泣いて、目の赤みも引いた頃、ぼっちゃんはそっとマリアンのところへ行く。そこでお茶を飲んで、すこしだけ頭をなでてもらって、ほっとした顔で帰ってくるんだ。 ぼくにからだがあったらなあ、 なんて、 そういうとき、思うよ。 ぼくにからだがあったらなあー。 いま、すごく、切実に思いますよ。 ぼっちゃんの目は静かに、溢れていく水流を見つめている。ものすごい音だ。きっと助からない。ぼくだって水の勢いで、ぽっきり折れちゃうかもね。 「シャル……」 ぼっちゃんがぽつりと言った。 ――なんですか、ぼっちゃん―― 「僕は、後悔なんてしていない。それは本当だ。でも」 ぼっちゃんはぼく(という名の、ただの剣)をぎゅっと抱きしめて、 「すこし怖いな……」 と、言った。 ああからだがほしいからだがほしい。 ぼっちゃんをぎゅっと抱きしめて、いっしょに流されてあげたいよー。 それでも今のぼくには声しかないので、 「ぼくが、いっしょですよ」 と言うしかなかった。ぼっちゃんはやさしくやさしく笑ってくれた。 もしもからだがあったなら / おしまい |
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