仲間達のあいだに、じわじわと嫌な不安が浸透していった。最初はちょっとした不審だった。真田と順平が自室へ戻ろうとしているとき、急に真田が立ち止まり、
「この部屋、なんでずっと空いてるんだ?」
と言った。そこは先日まで荒垣が使っていた部屋だった。
「え?」
 順平は思わず聞き返す。意味が分からなかったのだ。
「ずっとって、まあ、荒垣サンが……いなくなってからは、誰も使ってないっすけど」
「……?」
 今度は真田がぽかんとした。そしてそれには何も触れず、じゃあおやすみ、と言って自分の部屋へ戻ってしまった。
 順平はなんだか居心地の悪い思いをしながら、まあ真田サンも疲れてるんだろうと自分に言い聞かせ、自室に戻った。

 しかしそんな出来事は、他のメンバーにも多々あったようだった。それぞれが、あれっ、と不思議に思いながらも、たいしたことないとそれぞれの胸に収めていたのである。
 いよいよおかしいと皆が気づいたのは、荒垣が死んでからひと月ほど経ったある日であった。
「真田サン、一緒に墓参り行きません?」
 休日の朝、皆がくつろいでいるラウンジで、順平が真田にそういった。真田はコーヒーカップを持ちながら、誰の、と聞いた。
「誰のって、荒垣さんの……。真田サンも最近行ってないっしょ?だから……」
 会話が聞こえてきた他の面々も、ちらりと真田に視線を送った。真田は屈託のない笑みを浮かべ、

「荒垣って誰のことだ?」

と、聞いた。
「明彦!?」
 最初に声をあげたのは美鶴だった。ソファから立ち上がり、真田の正面に立って肩を掴む。
「なにかの冗談だろう?荒垣は、お前の親友だった男じゃないか」
「美鶴、なんでそんなに慌ててるんだ?それにおれは、荒垣なんて人間は知らんぞ」
「……!?」
 あまりのことに、美鶴は声を詰まらせた。順平もぽかんと口を開けたまま動かない。中山がそっと真田に近づき、
「先輩は荒垣先輩のこと、シンジ、って呼んでましたよ。それで、アキ、って呼ばれてましたよ」
と静かに言った。
「シンジ……アキ……」
 真田はさすがに不安になったのか、必死に考えているようだった。しかしすぐに首を振り、やっぱり知らないぞ、と言った。
 皆わけがわからずに、ただ真田の顔を凝視した。真田は皆の顔を見渡しながら、ひどく心細い表情を浮かべた。






「なぜこんな事態が起こってしまったのか……」
 美鶴、ゆかり、風花の三人が三階のロビーにあつまっていた。話題はもちろん、真田のことだ。
「シャドウの干渉、とかは……ありえないですよね……」
 風花が消え入りそうな声で言う。
「だって、なんの気配も探知できないし……それに、そんなことしても意味ないです」
「ああ、そうだな」
 美鶴と風花は揃ってため息をつく。ゆかりは缶ジュースを飲みながら、
「先輩もしかしたら、忘れたくて忘れたんじゃないかなー……」
といった。
「どういうことだ?」
「いや、あたしの勘っていうか、想像ですけど。荒垣先輩が死んじゃったことが辛くて、認められなくて、いっそ忘れたいって思ったんじゃないかなあって」
「明彦自身がか?あいつに限って、そんな考えに行き着くものかな」
「でも、真田先輩って、強そうに見えるけど、それは荒垣先輩に支えられてこそっていうのが大きかったんじゃないですか?」
「……確かに…な」
 そうやって三人とも黙り込む。一方、階下では順平と中山が同じようなことを話し合っていた。
「よっぽど辛かったんかなー、真田サン」
「小さい頃からの友達らしいしね」
「でも、忘れた方が楽……かあ?」
 順平はうつむいて考え込む。
「確かに忘れてる本人は、辛くはねえけど、でも俺らからすればさ、辛いことと一緒に楽しかったことも全部忘れてるっていうのが分かるじゃん、それって……なんか……」
 言葉が上手くまとまらないのか、順平はうなる。中山はそっと頷き、分かるよ、と言った。

 更にその階下、一階の玄関に、天田と真田が立っていた。
「どこへ行くんだ?」
「ちょっと先輩に見て欲しいものがあるんです」
 天田は素っ気なく言った。怒っているような口調だった。コロマルが心細そうに、クウン、と鳴く。
「だいじょうぶ。コロマル、おりこうに留守番しててね」
 そういってさっさと寮から出て行ってしまった。




 夜の路地裏はかなり暗く、物騒な雰囲気がした。
「天田、こんなところになんの用が……」
「先輩、僕は、ほんとうに我慢できないほど怒ってるんです」
 天田は足を止め、真田を真正面からにらみつけた。
「あなたに忘れられたら、あんまりに、あんまりに荒垣さんがかわいそうだ」
「天田までそんなこと言うのか……おれは本当に、荒垣なんて男……」
「聞きたくない!!」
 天田が遮る。真田はぐっと口をつぐんだ。天田の目から涙が零れ落ちる。それを乱暴にぬぐい、僕は忘れない、と絞り出すような声で言う。
「僕は絶対に忘れない。母さんの仇、僕自身の命の恩人、あんなに強く心に残る人は、後にも先にももういない。荒垣さんを死なせてしまった僕自身の弱さを、そして最後までそれを許してくれた荒垣さんを、絶対に忘れはしない……!」
 そして天田は真田の腕を強く掴んだ。
「荒垣さんは、ここで死んだんだ!あの日の夜、ここで!僕たちに後を託して逝ったんだ!思い出せよ、忘れたって楽になんかならないからな!!」



 お前は昔っから、辛いことを、自分の中に抱え込む、
 不器用で、馬鹿なやつだよ、アキ
 俺は怒ってねえ
 すこしだって、怒ってねえからな




「あ」
 と、真田は小さく呟き、空を見上げ、ちらりと天田を見て、泣きそうな顔をして、本当に少しだけ泣いて、そして倒れた。
 その姿が、荒垣が死んだときのそれと重なった。
 天田は思わず、荒垣さん、と呼んだ。真田だと分かっていても、それでも、荒垣さん、と何度も叫んだ。



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